真昼に星は見えるか?
−歪んだ北極星U


 
第四章−
【濁ったノーザンクロス−螺旋の章−】



  
−現世・星還り編−


 
第二話−【星を辿る旅−Side:佐伯・手塚・乾・柳(神奈川)-6LOVES再び-】







「おい、そっち上手く行ったか?」
「上々!」
 校舎裏に集まった生徒が、片手に持った財布をひらひらと見せる。
「六万入ってんじゃんラッキー!」
「なにに使う?」
「なんだっていいっしょ! いくらだって手に入るんだから」
「この力があれば」
 手に集めた火が一瞬で散る。消しただけだ。
「ラッキーだよな。向こう落ちた時は冗談じゃねーよ!って感じだったけど」
「ほんとほんと」
 声量を考えず盛り上がる数人の男のところに、仲間と思しき生徒が走ってきた。
 その顔は異常に焦っている。
「お前、どうした?」
「それが、…東京の仲間から…っ、やばい話聞いた」
「やばい?」
「今、あちこちで魔法使える北極星還りを捕まえてるのがいるって」
「…へ? マジ?」
「そいつらもウィッチてこと?」
「…うん」
「だとしたって俺らレベル高いし」
「そうじゃねーんだよ! どうも、そいつらの中に数人、五大魔女がいるんだって!」
「…五大魔女!? それがマジだったら勝てるわけねーじゃん!」
「こっちに還ってるってことは元五大魔女?」
「でも、五大魔女の力は健在だって」
「……どうすんの?」
 沈黙が落ちる。すぐ一人が口を開いた。
「しばらくおとなしくしとくとか…」
「馬鹿! 近くに来たらウィッチだって気配でバレっだろ!」
「戦う…」
「無理だって!」
「でも不意打ちなら! こっち複数だしさ!
 大丈夫! この力なら殺したってバレねー…」
「その逆もありだろ!?」
 一人の声に、全員が顔を引きつらせる。
「こっちがこの力で殺したってバレねーなら向こうだって同じじゃねーか!
 向こうの殺人もこっちじゃ証拠ねえよ!」
「……」
「…なあ、…名乗り出る…?」
「…幸い、人殺しは俺らまだしてねーし……、素直に名乗り出れば……」
 しん、と落ちた沈黙。お互いを伺うように顔を見合わせ、沈黙が破られる前に破ったのは背後からした人の声。
「ねえ、キミたち」
 びくう!と反応した生徒たちが振り返ると、そこには私服の男。
 長身と眼鏡の、妙に落ち着いた雰囲気の男だ。
「…はい?」
「俺、友だち迎えに来たんだけど。
 立海の敷地に来るの初めてだから迷ってさ…、テニス部の部室ってどこかな」
「…部室、ですか」
「キミたちテニス部員だよね。テニス部のジャージだし」
「あ! お前、青学の乾! …さん」
「え?」
「ほら、柳先輩と関東と全国で試合した青学の三年!」
 あ、知られてた、という顔をした乾が、そういうわけなんだけどと笑った。
「蓮二…、柳くんに会いに来たんだ。知ってる?」
「柳先輩なら、部室です。あ、案内しますっ」
「ありがと」
 一人が群から抜けて乾を先導する。足音が遠ざかってから顔を見合わせた。
「…聞かれた?」
「聞かれたってわかんねーよ。あの世界を知らない人には。漫画かアニメの話って思われて終わり」
「…だよな。ウィッチの気配なかったし」
「…帰るか。荷物取って」
「で、名乗り出るってどうする? どこの誰か知らないし」
「目立つことしたら…」
「いや、そいつらに会う前に他の北極星還りに見つかったらやばい」
「…どうするんだよ」






「遅かったな貞治」
 部室で迎えた柳に、乾がごめんと手に持っていた袋を手渡す。
「だから一緒に来ればよかっただろう。それを買い物をすると一人だけ抜けるからだ」
「うるさいな手塚」
 部室には佐伯、手塚、柳、乾だけだ。今日はそもそも部活はない。
「で、…ここ神奈川にいる北極星還りは……」
「……50人…、なにこんなにいるの?」
「跡部と幸村調べで、木手が裏付けしたから間違いなし。
 イヤな顔しないでよ佐伯。俺達まだマシな人数だよ」
「はーい」
「大半が木手が把握出来る北方国家〈ジール〉にいた奴らで助かった。
 流石に万近くをこの人数でやるのは…」
「一万の五分の四が運良くあの時北方国家〈ジール〉にいたって言うから…」
「とにかく頼むぞ佐伯。俺達のチームで五大魔女はお前だけだ」
「はいはい」
 佐伯が緩慢に頷いた時、乾が指をぴく、と動かして静かにのサインをした。
「…?」
「…」
 乾が静かに近寄って、開けた扉の向こうで固まっている数人の部員は、先ほど乾が声をかけた彼らだ。
「…キミたち」
「…確か、二年の近林に林道…、滝村、大井?」
 柳に呼ばれて、四人は前に進み出ると、一人が意を決したように顔を上げた。
「柳先輩たち…、の中に五大魔女が?」
「……ああ」
 気配でわかる。こいつらはウィッチだ。だから柳は頷いた。
「聞いたんで…。五大魔女を含む数人がなんか、力で悪さしてる奴らを捜してるって」
「…だから、…あの、…」
 ぎゅ、と握った手が震えていた。
「名乗り出たら……、大丈夫かも…って」
「…自分たちがウィッチだと名乗り出て、どうされるかは理解しているのか?」
「してません。…でも、殺される、だけはなくなるかな…って!
 …だから、…悪さした分は隠しませんから…、……」
 途切れる言葉に、俯く顔。その頭をぽん、と乾が撫でた。
「心配しなくっても、殺したりしないよ。こっち来てまで。
 俺達の目的はウィッチの魔法回収。北極星還り全員から、魔法を回収すること。
 命は論外」
「…本当に?」
「本当。第一、他もなにも密告しないよ。
 俺達はウィッチとか、北極星の世界とか明るみにするつもりはないから。
 二度としないって約束して、魔法を回収させてもらっていいなら、他はなんにもしない」
 乾に続いて佐伯が言った言葉に、全員が安堵して長い息を吐いた。
「魔法の回収なんて…出来たんですね」
「五大魔女だけね」
「じゃ、こいつら先回収して、後、ここらにいるウィッチの当たりをつけて…」
「あ、あの俺らわかるかも…」
「え?」
 柳が振り返った先で、大井という部員が携帯を取り出した。
「柳先輩、知らないみたいですけど。
 神奈川だけかな? こういうパス請の携帯地下サイトが今あって。
 神奈川にいる北極星還りが困ったこととか相談する…、向こう知らないと答えられないクイズがパスの」
 大井の手から受け取った携帯に表示されたサイトを乾たちも覗き込んで、互いに眼を合わせる。
「…いけるかもな。これ」
「大井、ちょっと携帯借りるぞ。サイトで知り合った連中の携番わかるか?」
「メルアドの方がいい」
「わかります! 林道と滝村が俺と違うコミュグループ入ってるから…」
「あ、俺達の携帯のメモリアドレス、大井と被ってない連中見ますか?」
「うん、貸して」
「さくさく進むねぇ…」
「恐るべきはネット社会だよ。俺達もそこ盲点だった。うまく行ったら他の奴らにも教えとこう」
 携帯を操作する音が響く。メールを作成していた乾が、指を止めて柳に見せた。
「同時送信メールはこれでいい?」
「掲示板に書き込む内容とほぼ同じだな。よし、それでいい」
「了解」
 ぴ、と鳴った操作音に佐伯や大井たちがなんて送ったの?と聞く。
「まあ、『今夜十二時、立海大附属傍の廃ビルに集合せよ。北極星の世界に戻りたくなければ』…てとこ?」
「他の連中にすれば、行きも帰りもわけのわからないままだ。またいきなり飛ばされるかもしれないと疑ってもおかしくないさ」
「…実際、あるんですか? それ」
 滝村の言葉に、柳と乾が顔を見合わせて笑う。
「「大丈夫。まずあり得ないから」」





「おい、なんなんだよあの書き込みとメール」
「全員だろ? なんか怖いな」
「一応来たけど…」
 ぞろぞろと歩いてきたバイト帰りの高校生が、廃ビルの傍に出てぎょっとした。
「え? なにこの大人数」
「…だから、掲示板見たり、…メールもらった連中全員だろ」
「…マジ全員? ありえねー…マジで向こうまた連れてかれんの?」

「…今ので…、47、8、9、…50人ジャスト。
 …本当に全員集まったな」

「だ、誰だ!」
「あ、あそこ! 屋上!」

「本当、怖いねネット」
「最近はネットで知り合って会って殺人って話が多いしな。
 ネットの言葉で呼び出されて会うなんて正気の沙汰じゃないと思っていたが」
「世間の風潮じゃ、そっちが当たり前らしいな」
 すっかりフェンスの壊れて自殺し放題(BY佐伯)の屋上で、乾がぽい、と携帯を手塚に放り投げた。すぐもう一個飛んでくる。柳だ。
「じゃ、打ち合わせ通り」
「回収頼んだよ、佐伯」
 言うだけ言って地上に勢いよく飛び降りた柳と乾を見送って、了解と佐伯。
 地面に着地した二人を、どうやら連れ戻されるわけじゃないと判断したその場の全員が『殺す』という思考に移るのも容易かった。
「よくもおちょくりやがって…」
 周囲で一斉に始まった詠唱に乾が肩をすくめた。
「わあ、この人達殺意入ってマスよ教授?」
「わかっててあの作戦だろう。腹をくくれ博士。なにかあっても佐伯がいる。背中は気にせず行くぞ」
「了解―――――――――――――」
 くす、と笑った乾の背後で柳が手を上に一閃した。
「セイヴァーウィンド!」
 それで発動しかけた周囲の魔法を一気に散らした。
「天輪を蒔いて散る炎爆は空へと死を誘うだろう。大いなる鷹よ蘇れ!
 ―――――フレイムサジタリウス!」
 乾がその隙に放った炎の上級魔法は集まった50人を更に中に集めるように、廃ビル周囲の外側に落ちて燃えさかる。慌てて中側に避けた50人が気付いたときには、その周囲を、出られないように光の壁が覆っていた。
「さて、手塚が檻を作ったとこで行きますか」
「お前の炎は俺の風で増幅は思いのままだ。殺さない程度にぶちかませ貞治」
「はいはい…。
 死球に舞い、謳え天理、逆さに逆さに繰り返し降れ」
 柳の足下を、背中合わせの乾ごと包んで走った風がサークル状に天に昇る。近寄る筈の北極星還りが全員それで吹き飛ばされる。
 握り合わせたお互いの片手から、流れる力。
「全てを引きずれ――――――――――サザンクロスジャーマ!」
 それによって風に強められた乾の炎が空に放たれて、空で一気に弾けた火の矢が地上に雨のように降り注いだ。
「おーい、ちゃんと殺さない程度…だね。抜かりなし」
「いいから、回収頼んだ佐伯!」
 下から叫んだ乾に、佐伯が頷くと手を頭上にかざす。
「第五十代五大魔女、ノームウィッチ佐伯虎次郎の名に置いて、この場の全てのウィッチの力の回収を宣言する、我が手に戻れ!」
 下から辛うじて意識のある者達が声を上げて見上げた屋上、自分たちから引き出されてそこに収束する光が、やがて収まった。
「はい、回収完了」
「…いいケド、俺達のまで回収してないよね?」
「そうでないと殺されるからな? 俺達が」
「……初めてやったからな。わかんナイな……」
 自信なさげに答えた佐伯の言葉に顔を見合わせた乾と柳が、周囲がハッとするより早くダッシュして倒れている者達を飛び越え踏んづけて逃げ出した。
「あ、ちょ、追いかけろ!」
「わ、やっぱり来た!」
 猛ダッシュで逃げる二人を上から見下ろして、助けないのか?と手塚が聞く。
「…手塚こそ助けないんだ……?」
 ちゃんと加減しただけあって50人全員に深刻な怪我は皆無だ。
 その所為で夜のマラソン大会のようなことになりそうだが、と手塚。
「…まあ、あの二人に追いつける人も早々いないけど…、追っかけてフォローしようか…」
 佐伯がぼやいた矢先、風が不意に吹いた。
「切原たちはどこだっけ…」
「群馬だな」
「俺、知らないけどとりあえず関東だよね?
 ……てことは田舎じゃないよね…」
 あ、でも関東でも千葉は田舎な場所は田舎だ。と呟いた。









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