真昼に星は見えるか?
−歪んだ北極星U


 
第四章−
【濁ったノーザンクロス−螺旋の章−】



  
−CROSS LINE編−


 
  第一話−【いばら姫と野獣】







「……………はぁ…」
 宛われた部屋に戻って、千歳は溜息一つ。
 金太郎たちの乱入は、相当驚いた。なにしろ謙也から一切聞いてなかったのだ。
 挨拶も全部謙也に任せて、急いで復讐王の許可をもらって、船が出航してもう五日。
 最初に目指すのは南方国家〈パール〉の隣の国家、西方国家〈ドール〉。
 今は深夜で、目が覚めて水を飲みに行った帰りだった。
 五大魔女を護送する船なのだから、食料も山ほどあるから、船員に言えばジュースなり珈琲なり味のある飲み物はすぐ用意してもらえるだろうが、今はそんな気分じゃない。
 寄り集まりたがりのメンバーなので、同じ部屋には忍足と日吉が寝ていた。
 第五十代は寄り集まりたがりではなかったな。どっちかというと孤立したがりではないが、でも好んで寄り集まってはなかった。今の第五十一代が仲間意識が高すぎるのは、ひとえに忍足と日吉の所為だ。
 …あれ以降、忍足はなにも言わない。普通に話す以外、なにも。
 背を預けていた扉が軽く叩かれて、背を退かすと開ける。
「千里…?」
「どうせ戻っても寝れん顔しとうよ。ちいと話さなか?」
「……、」
 見てたのか、と思いつつ事実なので従った。千歳がいなくなった部屋で、忍足と日吉がむくっと起きあがったのを、千歳は知らない。




 月と、仮初めの太陽が昇る空が海面に反射する。
 甲板に出て、風に当たると少し熱も冷めた。
「どげんしたとね、フレイムウィッチ。
 なんか、すっきりせん顔」
「…お前には死んでも話さなか」
「まあまあ、…言ってみたらどげんね。
 漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉のことなら、相談に乗れっとよ?」
 世界も違うのに、なんでお前が、という千歳の視線に千里は笑った。
「俺は、今のお前の気持ちを一回一通り体験しとうよ?」
「……」
 それもそうだ。
「…夢」
 腹をくくって話した千歳に、千里が「夢?」と鸚鵡返した。
「蔵の、夢ば…ここ毎日見るばい」
「……?
 そげん夢なら、俺は最近蔵ノ介と再会するまで毎日見とったばい」
「そういう夢じゃなか。
 …その、夢ん中で蔵を……」
「……」
 じっ、と千歳を見て伺っていた千里が、不意にはた、と手を打った。
「ああ、漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉とヤっとう夢ばっか見るってこつ?」
「千里! 露骨過ぎばい!」
「図星の癖に…」
「……だけん言いたくなかったとに」
 手すりにもたれてぶちぶち言う千歳の肩を、ぽんと千里が叩いた。宥めるように。
「まあ、大丈夫ばい」
「…?」
「そげん夢は続いて一ヶ月が限度ばいっ。
 そのうち普通に会って話して笑う夢になって、起きてすぐ夢だったって落ち込んだり絶望したりするようになってそのうちには夢の最中に夢だって気付くようになるけん、大丈夫ばい。一ヶ月以上経てば性欲に直結した夢なんか見んようになるし」
 もの凄い笑顔で明るく言われて、しかもそれが千里の意識した明るさじゃない本気の明るさだったので、千歳はその場にしゃがみ込んだ。
「…それは今すぐ絶望しろと言っとうって取ればよかの……?」
「あ、違かよ…?
 俺はただ、そういう性欲を意識した夢を見れるうちは大丈夫ばい、て…。
 日常の夢にならない限りは精神ぎりぎり崖っぷちじゃなかから問題なか、て…」
 慌て手首と手を左右に振った千里に嘘はないようなので、本気でフォローだったらしい。案外致命傷だった。
「………そうばいね。
 ばってん、すぐは無理ばい。
 …会えても、…蔵は俺に笑わなか。…抱くなんて…」
「『千里の道も一歩から』って言うばい? 殿下に聞いたけど。
 洒落じゃなくな?」
 千歳がじーっと“そういう”目で見たので咄嗟に否定する。
「一日で解決するなんて見え透いたフォローばせんけど、大丈夫。
 お前は俺になる程追いつめられる前に、救われる。
 …殿下を抱けるけん、そんな落ち込んで暗い顔ばっかりしとらんでよか。
 もうちょい、欲張りになった方がよかよ」
 余計幸せが逃げる、と千里は笑って、俺はもう戻るばい、ときびすを返す。
「千里!」
「ん?」
「ありがとう。……お前、なんか最近やけに親切たいね?」
「お前が今、心がささくれ立ってるからそうみえるだけばい。おやすみ」
 さっさといなくなった千里に、残された千歳はそうだろうか本当に、と思いながらもう一度海を見た。






 自室に戻って、千里は内心冷や汗だ。
 そのまま寝台に横になると、目を閉じたが眠れそうにない。対のが伝染したか。

『最近やけに親切たいね』

 それはそうだ。お前の精神は関係ない。
 俺が浮き足立っているだけだ。蔵ノ介が俺の傍にいることに。
 …しかし、そんなことを今の対に言えないわけで。
(バレてなかよね…?)
 しかし、偉そうなことを対に言ってもいられない。
 船員に、弟王殿下と王の側近に二人部屋なんて、と一人ずつの部屋にされてしまった。
 二人部屋なら、やっと言い訳も立つと思ったのに。

 実は、蔵ノ介と再会以後、一度も彼を抱いていなかったりする。
 事情の大半は、己の過去の凶状が申し訳ないのと、蔵ノ介はもうそんな気分じゃないかもしれない、という手を出したら拒否されないかという以前味わった恐怖感からの後込み。
 なにしろ、今の彼は南方国家〈パール〉を投げ出さない宣言をしている。
 昔、自分と一緒に南方国家〈パール〉を捨てて生きようと約束した頃とは違う。
 それは、今は自分が重臣として、王の側近として働いている所為もあるだろうし、その自分を尊重してくれたのもうぬぼれでなく大きいと自負出来る。
 なにより、今は彼には息子がいるから、捨てていけないのもあるだろう。対のためも大きいだろう。
 だが、一個の懸念はある。

 そもそも自分が彼を抱いたのだって、最後はかれこれ十五年前の、彼が自分を愛さなくなったその日で。

 ……今はもう、妻もいて息子もいてむしろ「男の恋人に抱かれる」方がイヤだという考えだったらどうしようという混乱。
 そんな筈はない筈で。だったら再会の時に、そうだと線引きするはずで。
(…完璧伝染ったばい。フレイムウィッチの阿呆……)
 本気でヤりたくなってきた。しかし部屋を訪ねて殴り倒されないと言い切れない。
 ふて寝状態でシーツに潜り込んでいた千里が、ふと物音を感じてなんだろうと顔を上げようとした時、ぎしっ、とシーツの、自分の上に人影がのしかかった。
「…っ!?」
 この船に限ってとは思うが、まさか国の刺客かなにかか。自分をフレイムウィッチと間違えてなら、と枕元の短剣を取ろうとして顔を両手に包まれてキスされ、思考が止まる。
 咄嗟に手元のランプをつけると、浮かび上がるのは今この世界ではたった一人の姿。
「………蔵?」
 彼だった。
「なに、しとうね?」
「…なにて、…夜這い?」
「は……、え? ……なんでん?」
 予想外、しかし在る意味願ってもない展開に、すぐ押し倒したい気持ちを堪えて聞いた。
「なんでて…」
 しかし蔵ノ介は急に拗ねたようにふくれるだけだ。
「……会ったあと、抱いてくれへんし、…あとは俺の方から襲うしか…って」
「……や、それは…」
「俺がおらん間に、千里の趣味変わったんかと…」
「…趣味?」
「…男の身体好きこのんで抱くより、女の方がええんかと…そらそっちの方が柔らかいし」
 ぶつぶつと、夜這いに来た割りに馴れてない感満載で色気のない蔵ノ介の様に、急におかしくなって吹き出した。
「なんやねん馬鹿にしてんのか」
 ぎりぎりと首を絞められても笑いが収まらない。くつくつ笑いながらごめんごめんと謝る。
 なんだ、と。
 俺も彼も同じ所で足踏みしただけか、と。
 それに、他人に対してあれだけ大人を演じられる癖に、自分に対してとことん甘えた子供のような所はまるで変わってなかった。
 懐かしくて愛しくて、つい笑ってしまった。
 苛々したように見下ろす蔵ノ介の手を急に引っ張ってやると、びっくりしたまま胸に倒れ込んでくる。
 それを受け止めてキスをした。何度も角度を変えて口付けると、苛立ちはどこかへ行ったのか途端おとなしくなって腕が甘えるように伸びてきた。
 それを取って、くるりと身体の位置を変えて下に押し倒すと、自分から来ておいて初めて意識したように身体が固まった。
 見上げる顔が酷く赤い。
「…なに、今更緊張しとうね」
「…いや、だって……実際十年以上お前とシてないし」
「だけん、シたかろ? やけん来たんじゃなかの?」
「そうやけど! ……ぜ、絶対痛い」
「そら…まあ、痛かろねぇ。まあ、ばってんちゃんと慣らすし」
「その段階が痛い…絶対痛い」
「……馴れればよかなるばい」
「…そ、そもそもする側に馴れ過ぎて今、後ろで感じられるかわからへん…っ」
「……蔵ノ介、…今更今日はイヤとか言うても無駄ばい。
 俺、もう勃っとうし」
「なんでそんな早いん! まだなんもしてへんやん!」
「いや、…お前に夜這い来られた時点でやばくなるばい。そこんとこ頭入れといて欲しか。
 もう腹くくって抱かれなっせ。…それとも、本気でイヤと?」
 上から見下ろされ、顔を近づけられると、更に赤くなって一回背けた顔が、すぐそれはやばいと気付いて視線を合わせて来た。
 それにやっぱり笑う。必死なのは自分だけじゃない。
 彼も、俺がまた「拒絶された」と「愛されなくなった」と誤解しないように一生懸命だ。
「…ちゃんと優しくするけん、…な」
「……ホンマに?」
「うん、…俺とよくなりたかろ…?」
 耳元で囁くと、ぴくんと反応した身体が、すぐしがみついて来て微かに頷いた。

 それに微笑んで覆い被さった矢先に、下で拒むでもなく蔵ノ介が。

「…悪い千里」
「なんね、本気でイヤとか言わなかとやろ?」
「いや、そうやないねん。そうやなくてな。
 …この年になって、決め台詞とか雰囲気大事にした甘いんは……合わへんわ、ごめん。
 砂吐くっちゅうか、…むしろ「ヤりたいからヤる」くらいのノリでヤられた方がええ」
「……確かにもう若くなかけど、…頼むから再会後の最初くらいムード大事にさせてくれ、頼む」









→CROSS LINE編二話へ