真昼に星は見えるか?
−歪んだ北極星U


 
第四章−
【濁ったノーザンクロス−螺旋の章−】



  
−CROSS LINE編−


 
  第二話−【遠くて近くて、やっぱり遠い】







 千里と別れて再び自室に戻る。
 その千歳の肩がぽん、と叩かれた。両側から。
「夢の中で白石さんと色々……。流石身体は正直ですね」
「つか、むしろそれでこそ千歳!」
「……お前ら、聞いとったとね!?」
 自分の両脇にいる日吉と忍足を退かすと、二人とも盗み聞きした内容をおもしろそうに口にして、全く気分を害した様子がない。
「それ、金ちゃんに吹聴するんじゃなかよ」
「せんって。あんな………いや、まあ、歳は俺より上かもしらんけど。
 …あんな(見た目)お子さまには」
「俺もしませんよ。あんたおちょくれればいいです」
 財前には言いますけど、と言いながら日吉がどうやら船員に請求したらしい珈琲を一口含んだ。
「この時間に飲むと寝直せなくなるとよ」
「気にせずにどうぞ。あんたの話に付き合うつもりでもらってきたんです。
 こっちに千歳さんの分と忍足さんの分。
 お酒ありますよ」
「……確信犯」
「日吉はそういうヤツや。さ、腹くくって話せ。
 具体的にどんな夢? 体位は?」
「千里が遠慮したことまで聞くんじゃなか!」
「まああいつ身体柔らかいから四十八手なんでもいけるやろけど。
 そういや対の殿下も身体柔らかいんかな?」
「さあ…。今、聞いて来ましょうか?」
「寝てんやないの?」
「さっき千里さんの部屋に行ったの見ましたし。寝てないでしょ」
「尚更いけんやろ!」
 ぐい、と日吉を引っ張ってテーブルに連れ戻すと、じゃあその代わり千歳さんの話を聞きましょうか、と話を戻された。
「……そげん大したもん見てなかもん」
「あんたが「もん」言っても可愛くないしむしろきもいです」
「じゃ、真田が言ったのと跡部が言ったのとどれが一番きもくなか?」
「いやそういう背比べじゃ……………、…………真田さん?」
「いや、跡部もどっこいどっこい」
「…………………」
 少し、三人揃って想像して俯いた。
「許容は越前までやな。行って謙也か財前」
 気を取り直して忍足が、で、と千歳を向いた。
「…だけん、話せるほど見てなか。…そら、……口で、とか…は」
「…ほう」
「人の下半身を覗かんでよか。てか俺ばっかなんね。
 忍足と日吉は恋人いなかの」
「…俺ら?
 聞きます? それ」
「…え? なんね」
「俺ら、一応三角関係ですし。
 …お互い向日さんが好きっていうか」
 日吉の忍足を見ながらの説明に、え!?と千歳がオーバーリアクションをした。
 それをあからさまに忍足が嫌がる。
「なんやその反応」
「…いや、あの怒り様だったばい? てっきり忍足は蔵を好いとうかと…」
「好きやったで? 惚れとったっちゅーねん。
 言うたやろ。お前がおったから還った、てあの時に」
「…言うとった気も」
「還った時に蔵ノ介のことは諦めてる。それで岳人を好きんなって、今は普通にあいつが好き。
 でも曲がりなりにも蔵ノ介は初恋やし、そら…キレるやろ?」
「……まあ」
 頷きながら、忍足を伺うように見るが、彼は至って冷静な顔だ。
「…お前、まだ俺を怒ってるんじゃなかね? それなんに」
「お前があれが正しいて今でも思ってるなら怒り続けるわ。
 けど、お前はちゃんと報いも後悔も受けたし、理解したし、せんアホやないし。
 …なら、お前がまたあいつを大事に出来るよう手伝う。
 …そんだけ」
「……やけん、蔵は」
「あいつがお前を嫌いになる筈あるか。
 …混乱しとるだけやて。あれは」
 コップを片手に、忍足が微かに笑った。
「裏切って、だから怖くて、だからお前が自分を嫌ったんじゃないかって、殺そうとしたんじゃないかって…だからなんも見たないって殻に閉じこもっとるだけ。
 …あいつがお前を嫌いなんて言うたんは、お前が自分を嫌ったから自分もそう言った方が楽なんだって魔が差しただけや。
 あいつは、ちゃんと今でもお前が好き。
 …生まれた世界捨てて、一緒にいたいて願った愛情がそんな早く枯れるかアホ。
 色々最近あってお前ら揃って混乱しとるだけや。
 …やなかったら、あいつ、向こうで否定したがってない」
「……え」
 初めて、忍足の口から聞いた。白石のことを。
「千里がばらしたて聞いたしな。
 電話で、あいつ本人やないけど、聞いた。
 …『千歳を信じてやれ』、って千歳を憎みそうな自分に誰か否定して叱ってくれ、て自分から言ってた、て。
 本気で憎むのが楽なら、自分から否定されたがったりせんよ」
「………」
 ああ、本当に。
 なにを勘違っていたのだろう、俺は。
「…千歳」
 たったその一言ですら、涙が止まらない。嬉しいのに、ならそれ以上の彼の気持ちが要らないなんて、なにを勘違っていたんだ。

 こんなに、欲しくて、身体中の細胞も心も欲しがっていたのに。

「……大丈夫やよ」

 忍足が特別だ、と泣く千歳の頭をぐりぐりと撫でた。






「千歳のために残る? マジ?」
 北極星との戦いの後、二人きりで話す機会があった。
 白石はなんてことないように言った。
「ちゅーか、あいつが俺のために残る?」
「そらそうやろけど……。
 …ええん? そら、こっちなら一緒におれる。
 でも、もし千歳がお前に嫉妬したら、手ぐらいじゃすまへんで?」
「そんくらい覚悟するし、つか受けてたつし。
 …それに、…大丈夫や」
「?」
「…あいつは俺を好きやもん。
 …そこを疑わない限り、あいつは俺にとって悪にならんよ」
 あまりに綺麗に笑うから、反対する気も失せた。
「…ほなら、あいつが五大魔女やのうなったら?」
 ふと思いついて、意地悪く聞いた。
 少し考えた彼が、そしたら俺も辞めるかなと呟いた。
「え?」
「俺も王子辞めて、一緒にどこかの街の外れで暮らすかな。
 …楽しい思うで? 日々の暮らしで一杯やろけど、その代わり王子の責務も魔女の役目も、男同士のあの世界の制約もない。
 …それって、幸せやて思うよ」
「……そうやな」



 案外、それは真実になるんじゃないかって。


 俺はあの時思ったから。
 だから、大丈夫や、千歳。

 人の絆たかが一本。
 けれど、そのたかが一本は、永遠に切れんようになっとるから。








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