真昼に星は見えるか?
−歪んだ北極星U


 
第四章−
【濁ったノーザンクロス−螺旋の章−】



  
−CROSS LINE編−


 
  第三話−【否再なく誓う恋−触れて、触れた違う腕】







 西方国家〈ドール〉を視察し終えて、出航した船が向かうのは東方国家〈ベール〉。
 気分が複雑か、と聞かれて千歳は苦笑した。
「どうやろ。蔵がおったら蔵は複雑な筈ばい。ばってん、俺は」
「あんまり複雑でも、悪いつもりもない、…か?」
 忍足の意地悪な笑みに頷いた。ああ、と。
「俺は東方国家〈ベール〉王にも言いたか恨みはあるばい」
「…まあ、あの王様はよかれと思った縁談なんやろうな。
 しっかり蔵ノ介は嫌がったが」
「そうばい。多分東方国家〈ベール〉王に悪気はなか。
 …だけん余計質悪かよ」
「それは言えてる」
 甲板で手すりにもたれる二人に、背後から近寄った靴音が一度止まった。
「謙也? なに止まって」
「いや、俺、聞いたらアカン話?」
「いや、別に」
 そんな話なら部屋でする、と従兄弟の許可に謙也が安堵して隣に立った。
「肩凝ったやろ。俺達が仰々しくもてなされるから」
「…、」
 言った途端、ずうんと沈んだ謙也に忍足は戸惑う。
(あれ? 俺なんか地雷っぽいこと言うたか? 地雷か今の台詞? どこが?)
「…あー……謙也?」
「……やっぱ、…特別やねんなぁ。五大魔女て」
「…あ、うん」
「……こっち、残るんが当たり前、…いなくなったら困る…やんな」
 ぽつぽつと謙也が呟く。どう答えたら更なる地雷を踏まないか悩みながら、忍足は口を開く。
「せ、せやけど、跡部らもウィッチ復活方法に奔走してくれとるしな。
 そしたら、俺らが残る意味はないわけや」
「その時には帰れんようになっとるかもしれんやん」
「(う…)…まあ、そうやけど。でも確実に残るんは千歳だけやしな!」
 言ってから忍足ははっと口を押さえた。
 今のは最上級の地雷ではないか。彼は白石との全国に固執している。
「…千歳だけ?」
「……まあ、多分」
「……光は?」
「え?」
「………、侑士が知っとるわけないわな」
「…、」
 謙也?と呼ぶ声空しく謙也はふらふらと部屋の方角に歩いていってしまう。
 みえなくなった後ろ姿に、ぽかんとする忍足を余所に千歳は内心、面目ない。
「………俺の所為かねぇ」
「え? なにが千歳」
「…俺が、ぶちキレとった時に謙也に言ったばい。
『光が還る前に俺と白石に告白した』って…」
 その所為?と引きつる千歳の頭を取り敢えずひっぱたいておいた。





 部屋に戻る途中、グラス片手にした財前とはち会う。
「謙也くん」
 明るい調子で駆け寄った財前が、ジュースを用意してくれた船員を振り返って有り難うございますと笑い声で告げた。
「…光」
「なに、謙也くん」
「…さっきの人と、なんか話とったん?」
「? ちょお世間話しただけやけど」
「……そう」
 ぽつり、落とすのが精一杯でそのまま踵を返した。
 すぐ、こつこつと追ってくる靴音を聞かないふりをした。
 通路を抜けると、二階の甲板に出た。下を見下ろすと千歳と忍足がみえた。
「……船とか、それだけで信じられんっちゅうねん」
「…え?」
「……俺の世界やったら、あり得へんわ」
 背後に財前がいるとわかっているから言った。彼は事実いて、聞き返す。
「俺達の世界も船、あるやないですか」
「こんな木の船が今どこにあるん?」
「…そら」
「……聞いたら、答えてくれるんか」
 手すりにもたれかかったまま振り返らない謙也に、財前は沈黙した後、大抵はと答えた。
 それにすらいらつくのは自分の方だ。
「…こっち来て、もう何年も経ってんやんな?」
「はい」
「歳は?」
 とってんの? なかったことに?
「とってます。俺、一応23です。千歳先輩らは21歳」
「…通りで」
「謙也くん?」
 今の言葉には笑みが滲んだ。自嘲の笑みだ。わからない馬鹿ではない財前が強引に謙也の肩を掴んで振り返らせた。
 謙也は泣いてなかったが、複雑きわまりないという顔だ。
「…どないしたん?」
「…今更な話やから、ええ」
「ようないわ。
 …人殺しとか、気にしてはるんやろ?」
 至極真面目に財前に言われて、初めて思考に入ってきた。
「……へ?」
「やから、俺らが…」
「…ああ。それはもうええねん。
 光らが生きてくためにしょうがなかったって、わかったし」
 一瞬、強がりかと思ったが謙也の口調が至って真剣で、本心だと理解する。
 余計わからなくなった。彼が気に病むことが他にあっただろうか。
「……俺が、千歳先輩と部長に告白した言う話?」
 可能性がやっと一個思い当たって言う。千歳があの時キレて言った話だ。
「……、そんなこともあったか」
「…」
 これも違う?けれど、自分に関することで間違いないというのは、自惚れじゃないはずだ。
「いや、そんなことやないんやけど。
 …せやけど、今お前はどう見たかてあいつらに未練たっぷりって様子ちゃうし」
「…そら、そうやけど」
 話す謙也が、どこか心ここにあらずに宙を見るように言うから、不安が胸を撫でる。
「……謙也くん」
「へ?」
 思わず呼んだ。彼は急に間抜けな顔で自分を見返す。なにも変わらない。
 なのに、
「……光」
 どうしたって不安で、俯いた財前を謙也が呼んだ。そのまま身体を自分から財前への向きに変える。
「…お前、は…全部終わったらこっち残るんか?」
「…え」
「千歳と白石は残るんやろうけど、お前は?」
「……謙也くん、変や。部長らが残るんはもうええん?」
「…、白石と千歳の本気目の当たりにして、なおあっちの世界がお前らにとって幸せなんて言えへんしな。
 …ただ、このまま大変なことが二人に続くなら、還った方がええとは言うけど、…こっち残って大丈夫になるなら、止める権利はないし言葉もない」
「……そう、か」
 落胆したような、けれど嬉しいような。
 こう彼が判断するのを、どこかで待っていた。
 彼は人の気持ちに懸命だから、真剣な想いを知ってまで邪魔する人ではないから。
 実は、彼が白石を守るためにあの日行動した時点で、もう彼は全国に固執しないとは思っていた。自分たちがなにも言わないのに、この世界で役割を見つけた時点で、それは無用の質問だと。
「……俺は、還りますよ。こっち残るんも魅力やけど、そこまでの熱意はないし」
「…そか」
「……部長と先輩にケリつけた時点で、その意味はない」
 けれど、少しの寂寥。
 謙也に、自分自身までケリをつけられたような気がして。
 ぽかんとする謙也に、肩をすくめて笑った。
「俺が二人に告白したんは、そうせんと俺が謙也くんに向き合えんかったからです」
「…おれ?」
「二人への気持ち引きずったまま、謙也くん一人思うんは俺には無理ですわ。
 ホンマはずっと、謙也くんに傾いとったからいつかケリつけなあかんて思っとった。
 こっちの謙也くん、会うたびに思うんです。会いたい、て。
 俺の謙也くんなら、ここはこう言わへんのに、て。
 …傍におらん方が好きになって、…やから還るて決めて還ったんですから」
「………」
「…謙也くんが残るてもし言ったら残ります。
 でも、謙也くんがおらんのなら俺は、」
 ふら、と急に歩み寄った謙也が財前の腕にそっと触れた。
 いぶかしがって呼ぶが、構わずその服から出た腕をそっとなぞって、軽く握った手。
 瞬間、なにかをやっと思い知ったように謙也が笑った。
「謙也―――――――――――――」
 呼びかけた声。傍を走り去った背中を追えなかったのは、その笑顔が泣くのを堪えた笑顔だったからだ。



「…俺は、還るて………、……言わせてくれへんのか………」







 謙也とすれ違ったまま、東方国家〈ベール〉に船が停まって数日。
「千歳先輩」
「ん?」
 その日の視察が終わって、城に戻った姿の中にみえない。
 千歳を呼び止めると、そういえば見てないと言われた。
「…早めに帰って来ったいよ?」
 財前の表情に、察した千歳はそう言った。あんた、まともになったスねと茶化すと笑われた。




(魔法も使えん癖に…)

 足で行ける範囲をくまなく探して回るウチ、日吉に調べてもらえばよかったとも後悔する。
 街の境の森に出て、流石にこの先はいないだろうと足を返した。




「…迷った」
 呟いて、その場に座り込む。
 なんだか自分たちの世界なら自殺の名所になりそうな森だ。
 その大きな木の幹にもたれて、溜息を一つ。
 迷うつもりも、はぐれるつもりもなかった。
 ただ、


 街の民に、『ウィルウィッチ様』とか呼ばれて、笑って手を振って。


「……あんなん、」
 俯いて、ズボンをぎゅっと握りしめた。
 何度も思った。
 船の中で、船員と世間話?
 声が笑ってた。
 船の甲板、話の方向性を見せない自分への態度。
 舌打ちをしなかった。
 いつもなら無口に無表情に、誰かと話しなんかしなかったやろ。
 昼飯だっていつも、

『俺、人と合われへんのです』

 なんて言ってクラスメイトと食べないから、入学してすぐ、俺と一緒に食べるようになってずっとそうで。
 声に笑い滲ませる程、誰かと話ししたりせんかった。
 楽しくない話題でも自分からふくらませるような根気も真似もなかった。
 付き合う気合いも相手を気遣う態度もまるで知らなかった癖に。

 相手が誰だって、白石でもない限り、お前誰だって自分の思うとおりに話進まなかったら舌打ちするやろ。
 相手が例え跡部だろうが真田だろうが、するヤツやろうが。
 俺だって、何回されたか知らへんし。

 背だって、

 草を踏む音がした。顔を上げると、息を切らせたその後輩。
「…いたし、ホンマに」
「……光」
「…あんた、もう…。とにかく陽が沈むから…」
「………」
 ?と見つめる自分を安堵させるように浮かべる笑みも。
「…っ」
「謙也くん?」
 差しのばされる手を振り払って、離れて、俺だってこんなん俺やない。
「…なんで、そない変わってんねん」
「…?」
「世間話するし、笑うし、お世辞言えるし、舌打ちせえへんし。
 …背かて…そんな高なってて……、腕かて俺よかよっぽど……。
 ………全然、…ちゃうし」
「……、」
 財前が、はぁと大袈裟に溜息を吐いた。
 その場を読まない溜息がむしろ自分の知る「財前光」らしくて。
「…昔の俺仕様に戻す気なら戻せます。
 ただ、五大魔女なんかやってると愛想ようせな印象悪いし。
 魔女になる前は下手に反感買えんから礼儀も世辞も覚えるし。
 …人殺しより、ここで生きるんに覚えなアカンかっただけや」
「………俺に、なんで」
「……その方が、謙也くんも喜ぶ思た」
 再度伸ばされた手がぐいと肩を掴む。
 その大きい手は、知らない。
「その方があんたが安心すると思た。
 …けど、昔の愛想ない俺の方が好みやったら戻します。
 あんたの前ではそうします」
「…………無理やないん?」
「まさか」
 小さく笑った後輩が、こつりと額を会わせてきた。
 その笑みは、よく知ってる。昔と変わってない。
「俺が今好きなんはあんたですから」
 惚れてもらうためなら、なんだってしますよ。

 そう言われただけで、わけわからんもやもやが消える。

『………あんた、阿呆ちゃうか』

 そやねん。阿呆やねん。
 正直、白石に関しての阿呆は勘弁やけど、お前からの阿呆ならええ。



 俺はそっちのお前が好きで、どきどきする。
 ああ、光や、て気がする。
 みんなに愛想いい光なんか、知らへん。
 無愛想で気遣い皆無なんに、たまに優しいから傍にいたなる。




 俺だけには、笑ってくれるから傍にいたなるんやし。





「…つか、好み悪いスね謙也くん。無愛想が好きですか」
「お前の所為やろ…。お前が常にそうやったからカスタマイズされてしもた。
 逆にひたすら甘い優しい男てアカンわ。さぶいぼが出る」
「…部長は?」
「あれ外面ちゃうんか」
「…先輩もですけどね」








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