真昼に星は見えるか?
−歪んだ北極星U


 
第五章−
【黄泉へと降れ−冥府の章−】



  −真・黄泉比良坂編−


  第一話−【再びの五大魔女】





「………それにしても」
 空を這う鳥の声も、あの世かと疑う程に恐ろしい。
 鳴き声が既に断末魔だ。そもそもここはあの世で間違っていない。
「…一回、白石の精神世界の表層でこういう感じは味わっとったばってん、……ここはほんなこつに本物の黄泉比良坂じゃなかと…?」
 赤い空。漆黒の太陽。地を這う森は生気のない枯れ木で、そこかしこに化け物。
 あくまで表現として「冥府」と呼んだだけで、穴の先が全く違う異世界に通じる可能性も考えていたが、これは97:03くらいであの世で間違っていない。
「それと…」
 千歳が呟きかけた時、視界を揺らして飛びかかって来たのは臓物のちぎれた動く死体。
 動くこともなく炎を放ってから、咄嗟に飛び退いた。
「…え? 魔法、効いてなか!?」
 なお襲いかかる燃えない死体を蹴って逃げると、その先でまた死体と出くわす。
 無駄と知りつつ魔法を放つと、今度はあっさり燃え尽きた。
「……っ? …今度は…」



 どういうことだ。
 進む先につれ、防御も強まったのかと(RPGのゲームのごとく)思ったが、そうでもない。
 倒せるヤツは倒せるが、倒せない全く魔法の効かない死体もいる。
 そして、外見的特徴に違いはなく。
「…どげんこつばい?
 魔法が効いたり効かんかったり…。
 死体が防御魔法を使っとうわけじゃなかみたいばい…」
 魔法を当てにすると痛い目を見るかもしれない。
「見た目でわかるならよかのに…」
 呟いた瞬間、傍の森の木陰が揺れて咄嗟に炎を手に集めた。
「うわっ! ちょちょちょちょ待っ!」
「? 喋るゾンビ…?」
「ストップストップ! 第五十代フレイムウィッチ千歳千里!」
「!」

 俺を知っている。
 そうじゃない、こいつは。

「…ども」
「…お前、え? え……第二十代、…フリーズウィッチ……?」
 茫然とする千歳の眼前に立つのは、こちらの世界の切原赤也。
「こんにちは…。第二十代、フリーズウィッチ、あなたの切原赤也っス……」
 笑えない自己紹介をした赤也が姿勢を直して、千歳を改めて見上げた。
「つか、フレイムウィッチ。あんた死んだんですか? うわざまあみろ」
「むかつく魔女ばい…。
 違う。白石を連れ戻しに来ただけばい」
「連れ戻し…」
 ぽかんと呟いた赤也に説明すると、納得しかねる顔でもう一度千歳を見上げる。
「つか、あんたらの愛し合いカタもついにSMコンボに進んだんですか?」
「は?」
「放置プレイ? 殺人プレイ、…どっちですかね?」
「…」
「のわっ!」
 ぎりぎりぎりと顔を容赦なく掴まれてアイアンクローをされ、赤也が悲鳴を上げた。
「いだだだだだすんませんっ! すんません礼儀なくってすんませんっ! 清い愛を馬鹿にしてホントすんませんっ!」
「以後慎むばい」
「…ひゃい…」
 顔痛い、と呟いた赤也が地面に足を降ろして、ふとよく無事でしたねと言った。
「?」
「俺はあの後なんでかずっとここにいるんですけど、魔法はここじゃ尽きないんですが。
 ほら、魔法効かないのと効くのがいて紛らわしーっしょ?」
「あれ、なにか知っとうね?」
「あれは、普通の人間の死者と閑一族の死者っス。
 魔法効くのが普通の人間の魂。
 効かないのは閑一族の魂。閑一族は身体も魂も魔法を喰らう存在ですから、通用しないんです」
「……あー、そういうこつね…」
 理解した。
「一応道案内くらいしますけどね。
 どこ行けばいるかわかってんですか?
 目印とか」
「一応。つか、気味悪かね。
 なんでん道案内してくれっとや?」
「いや、協力したらついでで俺もこっから出られるかな?て下心です。
 あと、先輩たち探せるかなって」
「…あいつらもおっと? ここ」
「いるみたいっスね。はぐれちゃって。
 こっちで会ってないのは幸村さんだけです」
 ああ、あいつは生まれ変わっとう、と千歳がいうと赤也はなんだよかったと笑った。
 何故彼だけ、という妬みも嫉みもないのか。
「…お前、…」
「?」
「……そうばいね。お前ら、身内には優しかったばい」
「普通そうでしょ」
 なに当たり前を、と赤也が前を進みながらさらっと言った。


 白石のいる場所は、なんとなく理解る。
 魔法が引き寄せられる。
 彼の魂にまで刻んだ炎の刻印の所為だ。
 こんな意味に役立つために、刻んだわけじゃなかった。
 己の浅はかさが産んだ得を、残酷にも思う。
 だが、彼に近づく死者はその炎が消してくれる筈だ。
 …いや、閑一族は無理だから、どのみちゆっくりしていられない。


「き……、フリーズウィッチ。
 この森を抜ければ最深部につくと?」
「えーっと…この森抜けた先に吊り橋、忘却の川があって、その更に向こうの長い階段を降ると転生までの魂を預かる城があるっぽ…?
 ここらに出る奴らは、転生すら救いよーのないやつらってことで」
(…まんま、夢で見たとこじゃなか…?)
「お前は?」
「俺らは呪われしじゃないですか。
 普通じゃないです」
「……どうかねえ」
 おや、否定意見。と赤也が笑った。
「今、いい意味に肯定してくれんのは嬉しいっスけどね。
 俺、先輩ら見つけて一緒に出るために、最後にあんたら裏切る必要あったら躊躇いませんよ。
 だから、必要以上に俺をよくしてくれなくっていいです。
 俺もギブアンドテイクからはみ出さないよう甘えますから」
「……了解」
 溜息を吐いた千歳が肩をすくめた先、森の向こうに微かに光が見えた。









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