真昼に星は見えるか?
−歪んだ北極星U


 
第五章−
【黄泉へと降れ−冥府の章−】



  −真・黄泉比良坂編−


  第二話−【彼岸の再会】





 吊り橋は問題なく越えることが出来た。
 眼前に広がる川は、触れれば記憶を失う忘却の川。
 ぎい、と眼前に止まった船を漕ぐ橋渡しは骸骨だ。
 赤也と揃って乗ると、船が少し軋んだ。
「そういえば、向こうは何年経ったんです?
 俺らがいなくなって」
「一年…二年かね」
「まだそんだけ?」
 だけってなんね、と言うと彼は軽く肩をすくめた。
「いや、いつになったら生まれ変われんのかな?て」
 なにも言えない。そうしたら、赤也の方が同情しない!と笑った。
「向こう岸はまだ見えんとね…」
 霧が濃い。
 ぐら、と不意に船が揺らいだ。
「あっ!」
 赤也が指さした先、船底を引っ張る死体の群が上からも見える。
「魔法効く奴ら?」
「わかんねっス! とりあえず撃ってみねーと…」
 千歳の炎は川の水に通らない。赤也に視線を向けると、理解して魔法を手から放った。
「…うっしゃ効い……た?」
「…つか、川ごと凍ったばい?」
「…うっ…」
 川も凍結してしまった。これでは進めない。
 橋渡しがゆっくり二人に近づいてきた。
「これは怒ってんですよね!? 邪魔したから!」
「みたかね…」
 ゆっくり後退しながら、凍った川でも触れれば忘れるのだろうかと考える。
 逃げなければ。けれど、白石のことを忘れるなんて死んだってイヤだ。
「…や」
「…え、今、俺呼びました?」
「いや…」

「赤也! そこから飛べ!」

 遠く、霧の彼方で叫ぶ声は千歳にも聞き覚えがある。
「あっ…」
 喜び勇んだような顔でそっちを見た赤也が、千歳を促してそこから思い切りジャンプした。後を追った千歳と彼の身体が風に絡め取られて、遥か向こうの岸に降りる。
「…柳さんっ!」
 降りる暇も惜しむように飛び跳ねた赤也がしがみついたのは、あの柳蓮二。
 傍に丸井ブン太の姿がある。
「久しぶり、赤也。よく無事だった」
「柳さんも!」
「俺になんもなし?」
「丸井先輩もよくご無事で! おなかすいてませんか?」
「第一声がそれかよしいい度胸だ」
 アイアンクローの準備をした丸井を止めてから、手を振ってみると端から気付いていたらしい丸井は見上げるだけでよ、と手を挙げた。
「お前も死んだんかい? 第五十代フレイムウィッチ」
「死んでなか。
 他にはおらなかの? 第二十代、サンダーウィッチ、フレイムウィッチ」
「仁王は向こうの階段にいるぜぃ? ジャッカルははぐれた」
「ほら、赤也。もう離れなさい。
 とにかく、第五十代の意見を聞こうか」
 ちえ、と呟いた赤也が離れたのを見てから、説明しだした千歳を先導して、その階段へと向かった。





「千歳についていければ出られる…か。可能性はあるな」
「同感」
「でしょ?」
 長い階段を降る足もここでは響かない。
「漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉のいる方角は城であっているんだな?」
「ああ。間違いなか。
 …風使って降りられんばい?」
「ああ、無理だ」
「ここじゃ魔法が出ないんだよ」
 丸井が手を振って、ほらと言う。本当に出ない。
「自信あるなら、荒技があるんじゃけどな」
 階段で合流した仁王がそう言った。
「荒技?」
「ここは冥界やけん、死はないじゃろ?
 階段の端から下まで飛び降りる」
「げ? マジ仁王?」
「マジ。俺はやったことないけどな」
「……」
「おい、第五十代フレイムウィッチ…あんたまさか」
 赤也がおっかなびっくりに問いかけた眼前で、千歳は迷う暇なくそこからひょいと飛び降りた。
「わ―――――――――――――! ホントに行っちゃった仁王先輩の馬鹿!」
「え? マジかあいつ」
「追うぞ! 見失ったらこともない!」
「…言わなけりゃよかったぜよ」





 徐々に近づく地面は四角い模様の床だ。
 充分近づいたのを見て、使えるかと手の中で発動を試す。
 魔法が扱える場所に来たことを確認して魔法を地面に向かって放つ。
 その反動で浮き上がった身体を反転させて、床に着地する矢先にそこを過ぎった身体を踏んづけてしまった。いや、その身体の上に着地してしまったというべきか。
 千歳の下敷きになった身体が「ぅぐっ!」と悲鳴を上げた。
「あ、すまんね………。…第二十代ノームウィッチ?」
「…いいから、退け…っ!」
 下で呻くジャッカルから退くと、いててと呻きながら起きあがったジャッカルが再び下敷きになった。
「あ! ジャッカル!」
「お前、ここにいたんか…」
 追ってきたらしい丸井の下敷きになったジャッカルが、またいいから退けと呻いた。










→第五章真・黄泉比良坂三話編へ