−歪んだ北極星U
第五章−【黄泉へと降れ−冥府の章−】
−真・黄泉比良坂編−
第三話−【もう一つのPlace of period】
「…おそらく、辛うじて魔法に対しても無効化を発動出来たんだろうな」 千歳の話に、柳が考える間の後にそう言った。 「世界に還った魔法を喰らった瞬間にも、無効化発動が間に合ったってことじゃな。 けど、全部防ぐほどうまくできんかったから魂が引っ張られた、ってことじゃろ」 「…なるほど」 てか、その場を見てない俺らに説明されてどーします、と言った赤也を仁王が締めている。 「いや、待ってれば誰か説明してくれたばい…俺が待たんかっただけで」 「勇み足過ぎたということか…」 足を止めると、眼前に並ぶのは天まで届くような吹き抜けの回廊。 そこら中に扉がある。 「…ここのどれにいるかわかるのか?」 間違ってもなにもないだろうが、という柳が言いたいのは何度も間違えていたら流石に時間がなくなるだろうということだ。 「………」 魔法の気配はたどれる。 皮肉だけれど。 「…うん、わかるばい」 「どこだ。運んでやる」 すっと、柳に向かって四階部分のある扉を指さす。 途端、ふありと浮かんだ身体がその前に降ろされた。 会って、そうしたらなんて言う? 箱を開けたことへの説教? …違う。 会えたら、抱きしめられたら、 開いた扉の向こうに、ある椅子。 そこに座った眠る身体にそっと近づくと、その頬を撫でる。 暖かい温もりに、夢でないと知る。 「…白石」 呼ぶと、微かに動く瞼。 「…蔵、こっちおいで」 耳元で呼ぶと、今度ははっきり動いた瞼が開いて千歳を見上げた。 茫然とする顔に、屈んだ姿勢で微笑んだ。 「…迎えに来たばい」 「……と……」 ここがどこかも、わかっていないのかもしれないな。 「千歳…っ」 目を白黒させる白石を抱き上げた。 「取り敢えず還るばい。 それから説明しちゃるけんね」 「え……っ」 「柳!」 扉の外に出て呼ぶと、すぐ二人の身体が浮かんで床に降りる。 「…、切原くんら…?」 「ども、漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉。 第二十代っス」 「……え?」 反応遅く驚いた白石を抱えたまま千歳が駆け出した。 戻りは飛び降りるわけにもいかない。 後を追った柳たちの更に後を、城の奥から駆けて来た獣が追った。 長い階段をなんとか抜け、川に向かうところで獣がすぐ傍まで迫ってきた。 「うわっ! 川渡る暇ない!」 「柳、そいつら頼む!」 ジャッカルが柳に全員を風で運ぶよう頼んで、手で操った力で階段を出口から一気に落とした。 がらがらと階段が崩れる音と共に、獣も下に落ちていく。 遅れたジャッカルも風で拾って、川を渡ったところで柳が全員を地上に降ろした。 見えてきた吊り橋を中央まで渡ったところで、背後に現れた骸骨がおもむろに吊り橋の紐を切り始めた。 「げ!」 真っ先にそう言った赤也が魔法を放ったが、効かない。閑の連中か、と吐き捨てた赤也に千歳が「しゃがめ」と叫んだ。 「ちと…っ?」 抱えられたまま疑問符を飛ばした白石を落とさないように自分の下駄を片方脱いで、それを思い切り投げつけた。 十キロの鉄下駄に顔面を強く殴られて、骸骨ががらりと崩れる。 「今のうちばい!」 「は、はい! …つか、投げた。下駄を。…すげー」 「赤也。あれが普通の用途だったらどうする」 「退きます。ドンびき」 「うるさかよ」 森を抜けると、入ってきた穴が光となって見えた。 だが森を抜ける寸前、襲ってきた大量の死体に視界が塞がれる。 「っ…邪魔だっつの!」 赤也と柳が共闘した魔法が通用せず消える。 「くそ…っ」 「あ、…、これなら」 ふと跡部に渡されたものを思い出して、手に取ると見よう見まねに乱射した。 銃弾に撃たれて散った死体を蹴って、千歳が再び眼前に見えた穴に向かって駆け出した。 「な、なんですかそれ!」 追ってきた赤也たちに、銃を見せた。 「俺達の世界の武器」 「…こっわ…」 もうすぐ穴に手が届く。瞬間、首を掴んだ死体の腕を咄嗟に炎で吹き飛ばそうとして、手からかき消えた炎に茫然とした。 「…え」 「危なっ!」 秒以下のタイミングで赤也が放った吹雪に吹っ飛ばされた死体に、構わず穴に飛び込んだ。 風の音がする。 光が見える。太陽の光だ。 黒くない、白い太陽。 「……あれ……?」 傍でむくっと起きあがった身体が、きょろきょろと周囲を見渡して、千歳をおもむろに起こした。 「……ここ、還ってきたばいね……」 腕の中で眠る、暖かい白石の身体に安堵して笑って、から、千歳は異常に気付く。 「…ってフリーズウィッチ!? なんでここおっとや!?」 「……いやぁ、生まれ変わった、じゃなくて生き返っちゃった?」 「俺もだな。多分仁王たちもだ」 至極普通の森の向こうから歩いてきた第二十代サンダーウィッチの背後から、彼が呼んで来た跡部達が駆け寄ってくる。 「……お前ら、……いやもう、よかよ」 呟いて、それから千歳は自分の手を一度じっと見た。 |