真昼に星は見えるか?
−歪んだ北極星U


 
最終章−
【そして星の物語は幕を下ろす】



  −炎の魔女の終焉編−


  
第一話−【キミに贈ろう@『王子と魔女の終着駅』】





「つかよ、なんなんだお前ら…?」
 城の広間。集まった赤也、柳ら第二十代に跡部が顔を引きつらせる。
「なんなんだって失礼な。
 見てわかんねっスか」
「わかるからだ。
 つか未だに馬鹿みてえな魔力はねえよな…?」
「ないな。確認済みだ」
「まさに至極普通の五大魔女。
 俺らの理想の五大魔女の姿。
 普通っていいですねー」
 紅茶を飲みながら暢気に言った赤也の頭を跡部が叩いた。
 こっちに来たのは跡部、佐伯、木手のみで赤也はこの場に一人なので遠慮がない。
「つか、なんなんだこの場所はよ」
 柳の傍に逃げ込んだ赤也を追わず、跡部は頭を押さえた。
「こっちもそっちも五大魔女。
 すげー居心地悪いんだよ五大魔女の万国博覧会じゃねーんだぞ?
 第五十代に第五十一代に第二十代が一同にいるってねえだろ!」
「…確かに気味悪いですわ」
 正確には第五十代五人、第二十代五人、第五十一代三人なので三人ダブっている魔女は風と土と水なのだが。
(そうか、跡部さんは水やった…)
「でも、俺ら残らんでええやん? これで」
 忍足が取りなすように言った。
「第五十二代とでも言い換えて第二十代が次代担ってくれればなぁ。
 俺らは還ってええわけや」
「まあ、そうだがよ…」
「でも、そしたら白石が危ないんや…」
 ないんか、という謙也の肩を弟王が叩いた。
「弟王?」
「兄様がそこはなんとかしてる」
「…越前が…?」




「て、ことで明後日は葬儀だからよろしくね」
 ちゃっ、とピースサインを切った越前の胸ぐらを掴んだ千里にぶらぶら揺らされながら、イヤなの?と彼は飄々としている。
「イヤって復讐王! 死んだこつにしてどげんすっとや!」
「だって、これで問題解決、だよね?」
 悪ふざけの成功した子供のように越前は首を傾げた。
「…?」
「白石さんが今まで大変に身動き取れなかったのも、千歳さんを最優先出来なかったのも、王子で王妃だったから。
 死ぬのは東方国家〈ベール〉から嫁いだ南方国家〈パール〉妃。
 白石蔵ノ介自身じゃない。
 …これで、白石さんは自由で、千歳さんだけ優先出来るんじゃないの?」
 最善策のつもりなんだけど、と笑んだ越前に、つい参ったような顔を向けてしまい、千里は背後の蔵ノ介や忍足を見遣る。
「復讐王の言う通りばい?」
「そやな。…それが一番ええ」
「元老院が死んだって認識しとるしな」
「あと、五大魔女はあいつらが継ぐから、…千歳と蔵ノ介は合法的に今度こそ一緒におれる、…てわけや」
 よくやった、とうってかわって忍足に頭をぐりぐり撫でられる越前を千里が一度見て笑う。
 いいのか、と言いたげな視線。当たり前、と笑い返した。
(むしろ、あんたが心配することじゃないだろ…俺の失恋のことなんか)
「白石さんの生活は、俺や、千里、蔵ノ介が援助すればいい話だしね。
 問題、ないでしょ」





「大体のからくりは理解したんだけどよ」
 日吉の言葉に、財前が何の話だと顔を寄せた。
「俺らがこっちに来たり、…てのの」
「ああ」
「結局北極星だったってことだよな。
 初代フリーズウィッチが還したけど、魔法を喰らいたいなら魔法を持ち帰られて困る。
 だから、最初に財前ら呼んで、世界繋いで連絡可能にして、跡部さんらが魔法回収したタイミングでこっちに戻す、と」
 大体筋が通ったな、と財前。
「ただ、」
「部長のことか?」
「ああ。白石さんのは…」
 最初は箱を壊さないために無効化の力を持ってるからって向こうに行かせたんだと、と日吉。
「でも、それじゃ跡部さんたちと一緒にこっちに戻す理由が…」
「それなんやけど」
 部屋に入ってきた弟王に佇まいを直した二人を彼が笑った。
「…俺の対を、向こうに送ったんは確かに北極星で、理由もそれや思う。
 ただ、こっちに彼を呼んだんは…」
「…呼んだのは?」

 先ほどフレイムウィッチから聞いた話。
 一度だけ、白石の傍に行けたのだ、と。
 強く願ったら、行けたんだ、と。だからそれは。

「…フレイムウィッチが刻んだ炎が、彼を呼んだんやないか…て」
「…千歳さんが呼んだってことですか?」
「でも、五大魔女に世界移動の力は…」
 ない、と顔を見合わせる二人に、蔵ノ介は笑う。
「やから、奇跡、やないんかな…て」





 想いが奇跡を起こしたのなら、これはその結果に過ぎない。
 部屋に戻ってきた白石を振り返ると、複雑な顔をしていた。
「どげんしたと?」
「……俺は、」
 手招くと、素直に傍に近寄った。その細い身体を抱きしめる。
 ぎこちなく収まったまま、それでも素直に服を掴む手。
 自分が損ねた絆を繋ぐのに、言葉は要らず、また足りないのだろう。
 ただ、こうして抱きしめる。それだけでいいのかもしれない。それが一番欲しいものかもしれないと思う。
「……お前と、一緒やったらええねん」
「うん」
「なんになったってええねん」
「うん」
「……お前と一緒に生きられるなら、…俺は…なんだってええんや」
「…うん」

 だから、
 国を捨てても、一緒にいたいってあの日、願ったから逃げたんだ。
 捨てきれなかった国があったから、また戻った。

「……もう、後戻り出来へん。やから、離すな…。ずっと…離すな」
 意味は分からなかったけれど、離したくない。それは同じだったからきつく抱きしめた。
「…なにがあったと?」
「俺は、世界で死んだことになった。
 東方国家〈ベール〉王子も、南方国家〈パール〉妃も…。
 もう俺やない。
 …自由になってええて…お前と、おればええって」
 白石の言葉を最後まで聞かずにキスをした。
 なにか言い募りかけた白石は、すぐ言葉を失う。
「…千歳?」
 見上げる、千歳の顔は酷く穏やかで、けれどどこかに寂しさが見える。
「…ちとせ?」
「……おかしかって、思っとった」
「…?」
「…魔法が、…出んって…」
 瞬間、視界が暗くなった。
 空から太陽が消えたのだ。極寒期?違う。今は仮初めの太陽が。
「…大丈夫ばい。今はフレイムウィッチの丸井がおる」
「…やなくて、なんで」
「俺に、もう太陽を維持する力はなか」
「…え?」
「…俺の炎は衰えた」
 千歳の手がそっと、白石の頬を撫でた。
「俺は、…もう五大魔女じゃなか」



 ―――――――――――――俺は、もう五大魔女じゃなか。


「……魔女、やない?」
「うん。力が、…魔法は扱えるばってん…もう、詠唱なしの魔法は扱えん。
 …五大魔女の証はノーコールマジック。俺はそれがもう出来ん。
 …俺は、…もうフレイムウィッチやなかね」
 なんと言ったらいいかと、一応考えた。
 寂しい想いがどこかにあるから、そういう顔をするのだ。
「…ごめん」
「なんでん蔵が謝っと?」
 けれど、苦笑した千歳を見上げて、零れるのは笑みだ。
「…俺は、喜んだ。喜んでる。
 嬉しいんや」
「…蔵」
「お前がもう五大魔女やない。それが嬉しい。
 …ずっと、願ってた。
 お前が、フレイムウィッチやのうなる日を。
 …ずっと、待ってた」

 俺だけの、千歳千里に戻る日を。

 そう囁いた白石の身体をきつく、軋む程かき抱いた。
 拒まない身体。頬に触れて、見上げた顔にキスを落とす。
「……理由は、わかっとう」
「…当たり前や」
 微笑んだ白石に、微笑み返してキスをまた落とす。
 彼が当たり前と言ったのは『千歳にフレイムウィッチじゃなくなる日を待っていた』理由。俺が、言った『理由』は違う。

 願ったんだ。
 あの日、願ったんだ。

 なにを失っても、いい。

 なにが代価でもいい。

 だから、彼を、抱きしめたい。

 そう願った。

 その結果一瞬でも、彼の傍に行けたあの瞬間。



 その代償は、残りのフレイムウィッチの魔力だ。

 あの瞬間に、俺はフレイムウィッチの残りの時間の魔力の大半を費やしたのだろう。
 だから、すぐに衰えは来た。すぐにフレイムウィッチの資格を失った。
 白石と一緒にいるために失わなければいけなかった称号を奪ったのは、他ならぬお前だと、告げれば彼は喜ぶだろうか。
 俺をただの『千歳千里』にしたのは、お前だと。

 告げれば、喜んでくれるだろうか。











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