真昼に星は見えるか?
−歪んだ北極星U


 
最終章−
【そして星の物語は幕を下ろす】



  −炎の魔女の終焉編−


  
第二話−【キミに贈ろうA『さよなら・おめでとう』】







 からかうように言われた。

“下手な情けをかけるなんてらしくない”



「情けか罪悪感でも浮かんだん?」

「うっさい」
「なら追い払え。出来るやろうお前の力なら」
「イヤや」
「なんでや?」
「そのらしゅうない態度が気にいらんいうとるんや!」
「“どこがらしくない”?」
 しれっと言ったのは無表情の青年だ。
「……勘ぐりもええとこや。今回は偶々やし、端から意識してへん」
「説得力のない…」
「ないと言えばない」
「認めるん…?」
「せやけど……」
「…………………」
 顔を見合わせて、一緒に笑った。
「まあまあ、金太郎さんが決着つけたら、うちら還るんやから」
 後ろからぬっと出てきた小春に、背後からくっついてくるユウジ。
「……やから、」
 困っとる。そう言った白石の頭を小石川が撫でた。
 止めるギリはない。来てくれただけで充分だ。
 やっぱり還るなんて言えない。
 悩むな、って先生が言った。





 迷子になりそうな森。
 何度も一人彷徨った。
 この森に足を運ぶのは。
 居場所を知っているけれど絶対に会ってはいけない相手が森の中にいるから。
 会わないように、それでも森の中を歩く。
 会えないけど、だからどんな声か。どんな事を話すのか知らないけど。
 守るただ一つのモノ。だから、会わない。




 それなのに。




 浅く雨の降った日。
 “彼”が蘇って初めての誕生日。
 森の中。
 ざわめきと、頭の中の警報。
 枝が鳴った。鳥が飛び立った。雨の中。
 その向こう、ぼんやりとこちらを向く。
 翡翠の瞳。
 白金の髪。



 …会っては、ならなかった形。






 出会う以上の罪はなく、だから故の禁忌。












 ――――――――見間違える、はずもなかった。

 白金の髪。翡翠の瞳。自分の知る“彼”より成長した大きな身体。


 なにを、犠牲にしても。
 彼が、息絶える日が来ようとも。

 側に、立ってはいけない人。

 出会っては、いけない人。


 それが禁忌だ。
 誰より自分が、自分が知っている。


 彼の道の線と、自分の道の線は、永遠に交わってはいけなかった。



 雨の中。森の中。

 警報が酷く、頭痛さえ促す。


 自分は、なにか間違えたか?
 歩く場所を間違えた?
 失敗した?
 彼の現在地を補足出来ていなかった?
 多分、どれも違う。

 魔法で彼の居場所は判っていた。

 彼に会うことがないよう、彼の住む森の近くには絶対なにがあっても近づかないようにしていた。

 …間違えたのは、心、だ。


 ほら、頭の中では声がするのに。


“引き返せ”

“まだ間に合う”

“知らない顔をして引き返せ”


“話すな”



“話すな”





 …間違えたのは、心だ。

 少しだけなら、少しだけなら、近くに行っても、大丈夫かも知れない。

 そんな。

 自分の弱い心が、間違えた。


 最悪を、此処に引き起こした。





「………だれや?」
 彼は知らない。此処にこうしている事がどんなに。
 当たり前だ。何も知らず幸せに、生きていかせる為に、会わなかった。

 しばらく、声が出なかった。足は、どちらにも動かなかった。
 彼は、俺の空気を察したように、それっきり黙りこんだ。

 ただ、雨の中。


 やっと出た声は、自分が思うより悲鳴に近かった。
“帰れ”でも“忘れろ”でもなかった。



「……………なんで」

「………………」
 金太郎の声に、彼が不思議そうに見上げる。
「……なんで?」
“約束”に背いたのは、自分なのか。

 何も知らない(それでいい)はずの彼か。


「…なんで此処におるん」
「………え…、?」
「なんで家におらんの? 雨降っとるやろ? 風邪ひきたいん?
 白石の村もっと向こうやろ。なんでこんなとこにおんねん?
 こんな夜に、雨降ってんに、なんで…っ!」

(どうして)

「なんでおるん!!」


 ああ、吐く言葉は全て自分への弁解だ。
 罪をまだ蘇ったばかりの彼になすりつけるように。
 さも大人を装って。


「……なんで、自分はワイと会うとるん……………」


 会わないよう、仕組んだのは自分。
 そうしなくたって、この広い大陸。一生会うことはなかっただろうに。
 会ってしまうよう、仕組んだのは、間違えたのは心。

 雨は通り過ぎて、空が月で明るくなる。
 それでも暗い。あまりに黒い夜。



「…………泣いとるん?」

 彼の言葉に、笑おうとして。
 それは出来ない注文になった。
 失敗して、声はただの嗚咽になった。

「…………な」
 その場にへたり込む。
 心配するように近寄ってきた彼の肩に、顔を乗せて、小さく抱きしめた。


(“帰れ。近寄るな。振り払え”)



(“もう手遅れだ。諦めろ。諦めて”)





「……ごめんな」



 近くで見た、白金の髪は涙にぼやけていた。
 雨から庇うような、大きな手。
 もう、雨は止んだのに。


 目を閉じて思う。
 会おうと、願った事はない。会うまいと、誓った事は何度もある。
 その為の禁忌。その為の自分との“約束”。



 瞳を幾度閉じても、彼と出会う瞬間を思い描いた事はない。

 描いた事のない現実が、此処にあった。





「………」


 許せ、とは自分は絶対言ってはいけない言の葉。



「……………………ごめん…」






「……ちょお、いきなり意識飛ばさんで?」
「あ、すまん。お茶もらうでー?」
 王宮。今日は彼の誕生日だ。
「なに考えとったん? 金ちゃん?」
「…あ、会った時のこと?」
「そか」


 その間に、様々なことがあったと聞いた。
 その間に、蔵ノ介が千里と再会したことも聞いた。
 出会いは禁忌な理由も、それでも彼は素っ気なく“せやからなに”って言う。


「……なにが、ええやろ?」
「金ちゃんって意外にあれやんな? はい、って言われると出て来なくなる」
「あーそうかもしれへん。普段はそやないー」
「っていうかなに意識飛ばしてたか訊いてもええ?」
「さっきのー?」
「うん」
「蔵ノ介にとってはええことやないし」
「おおよそ予想はつく」
「?」
「禁忌とか抜かしてる出会い」
「……………………」
「図星や」
「…………………、」

 あの日、自分を拾ってくれた彼が、傍にいた千里によって死んだことを知っていた。
 救えなかったことも、悔やんでいた。
 だから、この世界に呼ばれた時に声を聞いた。

 彼は蘇ったけれど、昔の記憶を封印している。
 出会っていいと願うなら、会いに行けば思い出す。

 封印したのは、北極星か初代フリーズウィッチか、あるいは千里に恐怖した彼自身か。
 知らない。
 けれど、もう一度千里と彼は会うべきではないと思った。
 だから、会わないよう避けて、けれど会ってしまったのはそういうことだ。

 自分が、また千里と彼に傍にいて欲しかったからだ。

「還るん?」
「ワイらは還る」
「俺の対と千里の対は?」
「幸せになるってわかったならええ。小春もユウジも、小石川も銀もオサムちゃんも」
「さよか」
 扉がノックされて、彼の対が入ってきた。
「あ、金ちゃん。殿下…」
 立ち上がった弟王と、その対の白石を見遣って、にっこり笑った。
「誕生日おめでとう“白石”」



 一つだけ、予想できていて、でも内緒。
 跡部たちを、呼んだのは多分北極星。
 でも自分たちを呼んだあの声は。



 きっと、彼だ。












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