真昼に星は見えるか?
−歪んだ北極星U


 第一章−
【散らばる明日はまだ嫌−雪の章−】



 
  第三話−【もう一つの歯車が、今宵狂い出し】





「俺、受付に記帳してきます」
「すまん。白石、立てっと?」
「…ん…」
 一場所には長くとどまれない。宿を変えながらどこに進めばいいかもわからなかった。
 白石はずっと治らないままの微熱が酷くなり、食事もろくにとれない状態だ。
「部長、大丈夫ですか…」
 寝台で眠る白石を伺った財前に、千歳がなんとか、と言う。
「ばってん、落ち着ける居場所が欲しかね。
 いくら光が少しずつ癒せても、こう移動続きだと、すぐまた調子崩して、なおらん」
「…しんどいですよね、部長。もう、歩くんが精一杯って感じですから」
「うん…」
 部屋の隅で謙也が迷ったように顔を揺らすのも、馴れた。
「謙也くん」
「…あ」
 財前が呼んで、部屋の外に引っ張る。
 おとなしくついてきた先輩を見遣って、溜息を吐く。
「…気持ちはわかるけどな」
 財前はそう言って、謙也を見遣る。
 どきりとしたのは、これまで気付かなかったが、後輩が既に自分より背が高かったからだ。
「……今は、なんで全国捨てたとか、帰れとか言う状態ちゃうやろ。
 わかってるはずや」
「…わかっとる」
「ならその顔やめてください。一人だけ仲間はずれみたいな顔されると、正直うざい」
「……光に言われたない」
「は?」
「……光も千歳も、平気で人殺して…白石もそうや思ったら…」
「………あんた、阿呆ちゃうか」
「は…」
「…この世界で…人殺しにならんかったら生きてかれへん。
 あんた、俺や千歳先輩や、部長に死ね言う気か」
「…………………」
 言葉を失う謙也を、軽く笑って財前は踵を返した。






 時刻は夜の二十五時。
 新宿の空は、それでも明るい。
 空を浸食する、人工の明かりの下、携帯をいじりながらガードレールにもたれかかっていた青年が、傍にいたもう一人の青年が顔を上げたのにつられるようにそちらの道を見た。
 向こうから、複数の同年代の青年が歩いてくる。
「お久しぶりです、跡部クン。佐伯クン」
 顔を上げた方が二人に挨拶をして、答えた二人の青年が「切原たちはもう少しかかるって」と言った。
「なんか、使った路線が人身事故で遅れてるらしいよ」
 佐伯がそう付け足した。
「おい木手。平古場たちは?」
「彼らは待ってる間に食べるものが欲しいとコンビニに」
「しょうがねえな」
「でもこのメンバーで会うの、ホント久しぶりだよね」
「実際、半年近く会ってねえだろ? 各々では会ってたけどよ、全員は揃ってないな」
「ですね」
 まあ、向こうに残った千歳くんたちには集合かけられませんけど、と木手。
「ただ、財前クンに連絡が付かなかったんです」
「財前が」
「惜しいな。財前がいないと元五大魔女が四人揃わねえぞ」
「まあ、今はしょうがないでしょ。取り敢えず今いるメンバーだけで」
 木手の隣のガードレールにもたれて、顔をあげた手塚が向こうから来た真田たちを見つけて、こっちだと手招いた。
「つか、なんだいきなり? 集合かけたのお前だよな木手」
「ええ」
「なんの用なの? 他になんかもうないよね?」
「そう言われる予感はしてました」
 木手は淡々として言う。
 傍の手塚が不意に、ああ、と一言。なにか恋人に聞いていたのかと期待したが、手塚が口にしたのは全くの別の話。
「五大魔女で思い出したが、向こうにいた時に多少面白い話を聞いたことを思い出したな」
「手塚、「思い出した」という単語を連続して使わないでください」
「ああ、すまん」
 それにしてもカチカチと携帯をいじりながらガードレールに姿勢悪くもたれている姿が手塚に死ぬほど似合わない、と跡部が後から来た赤也たちに言う。赤也は見てうんうんと頷いて、柳は淡々と「手塚だからな」と言っただけだった。真田と幸村は今更なのか、ノーコメント。
「なにを?」
「ああ、千歳と白石のなれそめ…というか厳密には千歳が白石に惚れたきっかけを」
「そいつは面白い話だな。つか今まで黙ってんじゃねえよ」
「今思い出したと言っただろう。聞いたのは三年近く昔だ」
「…なんてゆーか、ここではみなさんまだ中学生なんですけど、年齢、正確には既に高校生とか大学生の人いますよね」
 赤也のなにか諦めた声に、それに該当するメンバーが素直に手を挙げてくれた。跡部に木手に、手塚に佐伯、幸村。
 あの世界にいた時間も、年を重ねていて、それはなかったことになっていないとは知っている。
「話の腰折るんじゃねえ切原。で? どういうきっかけだ?」
 跡部さんも手、あげてくれたくせに。という赤也のツッコミは柳がフォローしてくれた。頭を撫でられて宥められている赤也は矢張り、柳の恋人というより息子だ。
「確か、四天宝寺に行って一ヶ月した頃、風邪を引いた千歳を白石が見舞いに来てくれて」
「それで手料理に落ちたとかいうベタベッタな話?」
「佐伯も腰折るんじゃねえ」
「ごめん」
「いや、そんな可愛い話ではない。料理は作ってくれたらしいが。
 その時、部屋にゴキブリが出たらしくてな。流石に苦手らしくて震えた自分の前で迷わず、そこは千歳の家だから借りた千歳の家のスリッパであっさり叩いて殺した白石がとてもかっこよかった……のがきっかけだ、と聞いたが」
 淡々と最後まで語った手塚が、不意に横を見て、青ざめている木手を見て、ああ、と手を打つ。
「…苦手なのはお前だったのか木手」
「そんなに意外ですか…? それ」
 想像させられただけで気持ち悪いらしい木手が思わず自分の手を撫でてから、振り返ってこっちは想像通りだなと一言。
 赤也は見事に青ざめていたし、柳・真田は「それのどこが格好いいのだ?」という顔。
 幸村は爆笑しているが、これも予想通り。跡部は、「そもそもそれ(ゴキブリ)は動物か? 虫か?」というわからない顔だ。
 そこでコンビニ袋をさげた甲斐たちが合流してきた。
「……なに、この空気」
「いや、なんでもねえ。…で、木手。本題は」
「……ああ、あの…。……まあ、君たちは気付いてないから、俺の今回の集合がかかるまで集合をかけなかった、と予測出来ますが」
「?」
「…端的に言うと、放置すると、あと数ヶ月もしないでこの世界で人間が万単位で死ぬでしょうね、という話です」
「……は!?」
 絶句した面々の中で、最初にやっと声をあげたのは跡部だった。
「な、なんで!?」
「それは…」
 言いかけた木手が不意に、向こう側のコンビニの前、数人のバイクに乗った男たちがナイフ片手に中学生らしい子供を脅している姿に目をやった。
「…うわ、えー、止める?」
 一応言った甲斐を、いえ、と木手が制止する。なんで?という顔を全員に向けられた木手が、暢気にガードレールにもたれるように足を組んだ。
 その足下を一瞬、かつてはよく見慣れた突風がサークル状に走る。
 瞬間、そこから地面を走ったかまいたちが男達の乗るバイクとナイフの上を通り過ぎた。
 直後、バイクとナイフがまっぷたつになって倒れ、男たちは茫然として、すぐ悲鳴をあげて逃げだすが、脅されていた少年も同じで足早に違う方向にいなくなった。
 茫然とする赤也たちの傍を風が流れる。その風は木手の指先に集まって、彼の髪を揺らした。
「…つまり、コレが理由です」
「……え、待て。魔法が…」
「使えるってこと!?」
 聞いたのは跡部と赤也だ。
 佐伯が隣で、地面を何気なく踵で蹴る。その視線の先にあった、木手が破壊したバイクがすぐ地面に飲み込まれる。
「ホントだ」
 今のは、確実にノームウィッチの土の干渉魔法。
 跡部も軽く腕を振るう。すぐ傍の壁が凍りついた。
「…間違いねえな。おい、お前らは試すな。もう確定した」
「あ、ああ」
 跡部の言葉に平古場たちも真田たちも従う。
「つまり、あれか。…他の、同時期にこちらに帰された万を越える北極星還り。
 奴らも魔法が使える。だから、か」
「ええ」
「…え」
「切原クン。キミ、憎い人がいたとして、普通殺そうとします?」
「…え、いや……出来ねっす」
「何故?」
「…そりゃ、んなことやったらすぐ俺が犯人ってバレて捕まって、下手したら死刑とか」
「ですね。普通そうです。だから、人々はそう容易く殺人は行わない。
 日本は昨今、それでも殺人は増えましたが矢張り他の国に比べれば少ない。
 しかし、魔法はそのリスクを奪えますよね?
 手を使わない。だから証拠が残らない。第一、普通の人間は魔法なんて信じません」
「…だな。そして、他の北極星還りが魔法を使えることに気付いて、怨恨なり、金目的の私欲に走るなりしたら、…確かに万は死ぬな」
「そういうことです。だからみなさんに集まって、話し合いたかった。
 どう考えても、止められるのは俺達以外にいない」
「…うわ、…それは難題」
「しかたねえだろ。みすみす見殺しにも出来ねえよ」
 手塚が携帯を畳んで、しかしどう見つける?と言った。
「北極星還りのモノが誰か、本人しかわからないぞ」
「確かにね。ただ、一部だけは俺が判別出来ますよ」
 ?と疑問符を浮かべたメンバーに、ああ、と幸村が手を打ったのを合図に跡部も理解した。
「南方国家〈パール〉の、西方国家〈ドール〉への突然変異〈ミュータント〉を使った攻撃だな?」
「ええ。あの時、俺はダウトを使わせるために北方国家〈ジール〉全域にいる北極星還りに魔法を使いました。あの時北方国家〈ジール〉にいた北極星還りは今でも魔法で居場所を探れます。だから、一部は容易く見つかる」
「…問題は、北方国家〈ジール〉にいなかった奴ら、だな」
「…ええ」
 五大魔女も万能ではない、と言うように空を自然の風が走る。
 二十五時の東京の空。空の太陽は、この世界では消えないのだけれど。














→第四話