真昼に星は見えるか?
−歪んだ北極星U


 


  The Final Last story



   最終話−【なるべくなら良き日が多くありますよう】








「ふぁ…っ」
 大きく欠伸をして見上げた空は青かった。
 向こうも青いかと、考えた。
「はよ謙也くん…でっかい欠伸」
「うっさい…」
 これから、いつも通り学校に通って部活に励んで、でも彼らはいない。
 それを、全員で受け入れた。
「……」
「謙也くん、…寂しいん?」
「は? なんでや」
「いや」
 なにか言いたげな財前に、つい笑った。
 俺仕様に戻すんじゃないのか、と。
「…すっかり面倒見ようなっとるやんお前」
「は?」
 自覚なしか。
「…ええんや。みんなで決めたんや。
 あっちで、今度こそ幸せならええ」
「…」
「やろ?」
 なにも言わない財前を振り返ると、ぽかんとした後、彼が微笑んだ。
 すぐばっと視線を逸らす。そんな時だけ聡く覗き込まれた。
「謙也くん? なんスか今の」
「察しろ!」
「…?」
「お前全然昔仕様やない! ……」
 いちいち優しいし、笑うし。
 すぐ気付いて、財前が『謙也くんたらす時くらいええでしょ?』と囁く。
「……今の、俺、どきどきする?」
「………、」
「謙也…」
 呼びかけた財前をはねのけて、謙也が少し先に逃げた。
「傷つくなぁ…」
「っ〜〜〜〜〜〜〜っからどきどきするから逃げたんじゃ!」
「……へぇ」
 なに、その意地悪い笑み。
「…………………光、明日、な?」
「?」
 明日、休みやし、部活はないし。
「…デート?」
「…やから、どきどきさせんのは明日まで待ったってくれ」
「……、はい」
 頷いた癖、人の手を握る。わかってんのかホンマ。

 あの言葉は、届いただろうか。






「蔵ノ介ー」
 街をぶらぶら歩いていた長身が、弟王の元にやってきて片手に持っていたクレープを手渡した。
「ありがと千里」
「いや、よか。
 …よかの?」
「ん?」
 出歩いて。
 千里の言葉に、「兄様が休暇くれたんやん」と笑う。
「国王命令」
「……そやね」
 頷いて、見ている間に四口ほどでクレープを全部食べてしまった千里の口元に自分の分を突きだした。
「なん?」
「食べたりなそーな顔」
「……俺の一口でかかよ?」
 見てたらわかる、と笑って肘でこづいた。
「相変わらず甘党」
「…なん? なにが言いたかの」
「ええから食え」
 押しつけられたクレープを落ちないよう持って、横目で見た彼は妙に機嫌がいい。
「蔵?」
「ん?」
「…よかこつ、あった?」
「…………、内緒」
「?」
 疑問符を浮かべる千里を見遣って、立ち上がる。
「あそこ、いこ」
「…?」
「あの喫茶店」
「…、あ」
 すぐ理解した千里が、逆に戸惑ったように視線を落とす。
「なんやねん」
「…なんか、イヤばい」
「はぁ?」
「…あそこ行って、笑うお前見るんは…」

 また、お前が俺を忘れるみたいで。

 不安だという、彼の大きな頭を殴ってやった。
 痛いと見上げるそのベンチに座った千里の膝の間に身体を収めて、その額にキスを落とす。
「…く」
「もう、そんなんない。
 そんなんはない。
 …あったら、…今度だって思い出す」
「………だけん」
「…馬鹿」
 囁いて、唇を重ねると、そのくせ拒まず自分の身体を抱きしめる大きな腕。
「…兄様が、…城の傍の城館を使ってええて」
「…? あの、先代弟王の?」
「そ」
「…それが」
「そこに、千里と二人で住めばええ、て」
 一瞬、きょとんとした顔にもう一度キスを見舞った。
「…一緒に暮らそう。千里」
「……、…うん」
 手を伸ばすと、触れられる身体。
 抱き返す、腕。
 答える声。

 今度こそ、失わないように。

「……俺らの片割れは、喧嘩しとらんかなぁ…」
 呟いたら、軽くはしとるんじゃなかと千里が笑った。






「お母さん!」
「あら、先生にもらってきたの?」
「うん! 先生がね、家でしなさいって」
 よかったねーと子供の頭を撫でる母親に、子供は得意げに木の玩具を見せる。
「最近来たあの二人、いい人たちねぇ。
 子供たちの勉強の先生やってくれるし」
「いい男だし。
 あら、でも片方、どっかで見た記憶ある」
「どっち?」
「髪の色の薄い、…背の低い方」
「ああ、南方国家〈パール〉の弟王殿下に似てるのよ。
 遠戚らしくて。先生は血が薄すぎて王族の括りにも入らないらしいけど」
「ああー道理でね」



 ある国の、ある街の外れの館。
「千歳ー。
 机どけて…って寝てんな!」
 蹴ったくらいでは呻きもしない長身を無理矢理肘で退かして、机の上に作ったパスタの皿を並べる。
「手伝えや…」
 呟いた声が聞こえたわけではないだろうに、ぴくと動いた指は傍に立っていた白石の腕を捕らえた。
「…おい、千歳」
「……あ、出来たと?」
「出来た。から起きろや」
「…んーうまそうばい」
 人の話聞いてない、と踵を返しかけた白石は背後から抱きすくめられて、腰をしっかり両腕で固定されて溜息を吐いた。一瞬、心臓が鳴って硬直しかけたのは教えない。
「……なに?」
「………、なんやろ」
「おい」
 呼び止めてそれか、と頭をこづくとそれすら彼は享受した。
 千歳は元々怒りの沸点が高いが、今日は余計おかしい。
「…千歳?」
「……幸せ過ぎて、頭働かん」
「はぁ?」
「…毎日、傍おるんが普通で、それが今、普通のことになっとう」
「…お互い努力せな、あっさり崩壊するけどな」
「足りなか?」
 そんなことは言うてへん、と笑うと身体の向きをどうにか変えてその癖の強い髪の頭を抱き寄せた。
「……期待されてんねんから、ちゃんと幸せにならなアカンて」
「……そらそうばい」
 ようやく身を起こした千歳に抱き込まれて、キスが降ってくる。
 目を閉じて、それから考えた。



 絶対になれ、とあの日叫んだ親友の言葉の意味は、きっと間違って受け取っていない。



 絶対幸せになれ、と、そうやろ、謙也。

「……、千歳」
 手を伸ばして、その頬に触れた。
 答えて見下ろす瞳と、視線を一度合わせてまた閉じた瞼に、頬に落ちるキスを数えた。
 最後に唇に落ちるキスを追って、その巨躯にすがりつく。

 すき、と耳元で囁いたら、同じ言葉が返った。





 もう、炎の魔女じゃない。もう、王子じゃない。

 ただの二人で、だから一緒にいる。

 きっとずっと、これから一生。





 全ての星の物語が終わる頃、変わらず告げてもきっと返ってくる。



『愛してる。』













 THE END




→後書き