真昼に星は見えるか?
−歪んだ北極星U


 第二章−
【誰彼の五大魔女−暁と陰の章−】



  −禍日神編−

   第二話−【Place of period-U 雪道、足跡は緋く“墜ちろ”と呼ぶ】






『 あの人は『国を選んで自分を捨てた白石蔵ノ介』を殺した前科者や。
 …白石蔵ノ介に千歳千里を選ばせるためならなんだってやるんちゃいます? 』


 脳裏を過ぎったばかばかしい言葉を、このときばかりは侮れないと思い直した。
 越前はゆっくり、椅子ごと振り返ると部屋に立つ男を見上げる。
「…で、なにが言いたいの? 結局」
 まどろっこしいんだよね、と睨みつける復讐王がそれとなく焦燥しているのは、自分の持つジョーカーがなにかを知らなくても、なにかを察しているんだろうと千里は思う。
「難しかこつは言ってなか。
 東方国家〈ベール〉第一王子、漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉を王妃に迎えて南方国家〈パール〉を立て直せ、…て言っただけばい?」
「…ホントに?」
 どう見たって言外、が本題じゃないの?と言う声はいつもの復讐王らしさがない。
 案外、漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉への恋心は本心か、と安心した。
 復讐王は焦っている。折角手に入った存在が奪われるのではないか、と。
 恋心がなければあり得ない感情だ、と笑った。
「追加としては、『二人の五大魔女を南方国家〈パール〉で保護する』てこつかね?
 元老院はやり方がやりすぎばい。
 五大魔女は大抵結婚しとう。恋愛禁止なんて掟なかよ」
「それは賛同する。やりすぎだね、事実。
 五大魔女のメンタルコントロールは危ういって俺は関わってよく知ったし、それが魔法に直結する。
 来る極寒期のためにフレイムウィッチは漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉の傍にいた方がいい。
 …で?」
「…漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉はあんたの妻になるし、王妃になる。
 ばってん、それは『表向き』だけにしろ――――――――カモフラージュだけにしてくれ、てこつばい」
 にこりと微笑んで言われて、越前は押されてしまうような、背筋を走る感触に眉を顰める。
「は? 表向き?
 冗談。王妃にしただけで妻にはすんなってこと?
 もしくはそう扱うな?
 表向き王妃にして、東方国家〈ベール〉救って、俺にはくれないってことかなそれは」
「その通りばい」
「言うこと効かなきゃいけない理由は俺にはないよ?」
「嘘つかんばい。復讐王、なんでさっきっから偉い早口になっとう?
 怖いからじゃなかね? 事実、自分がそう従いそうで。
 俺が持つジョーカーに負けそうで…恐れとう。
 復讐王ともあろう人が、…恋心抱いた相手のこつばっかりはただの子供ばい」
「…そのジョーカーはなに」
 楽しげにすら笑う千里の調子で全てが進むと嫌なことになりそうで、つい急かした。

 四天宝寺の『天才』とはよく言った。
 世界が違っても、ホント『天才』。

 千里が手に握っていた結晶を指でつまむ。
「それ…」
「殿下に与えて、魂のヒビを癒した南方国家〈パール〉弟王の魂の欠片。
 これなかったら大変ばい。
 殿下はあんたとウィルウィッチ以外、見れなかし声も聞けなか。
 そげん状態で壊れた人を、それでも傍に置きたか言うならあんたの勝ちやけん――――――――――それはイヤって拒否るなら、俺ん勝ち」
「なんで…それはもうとっくに白石さんの中に…」
「俺が呼べば『蔵ノ介』は俺の元に来っばい。
 違う自分より、あんたより、フレイムウィッチよりあいつは俺を愛しとう。
 …取り出すなんてわけもなか。
 …殿下に戻すんも、俺以外出来なかよ」
 第一、フレイムウィッチの対を殺したら今度は南方国家〈パール〉が元老の目の敵にされるばい。
「……、」
 息を呑んだ自分を急かすように千里が手の平、結晶を掴む指先に炎を集める。
 結晶が、軋んだ音をたてた。
「よせっ!」
「なら、…どげんすっと?」
「…………………」
 忌々しいように見つめて、息を吐く越前とは対象的なその笑み。



『 あの人は『国を選んで自分を捨てた白石蔵ノ介』を殺した前科者や。
 …白石蔵ノ介に千歳千里を選ばせるためならなんだってやるんちゃいます? 』



 …ホントだ。
 全く、忌々しいったらないね。なんでもするし、なんでも出来るんだから。
 …人選を誤ったよ。


「…わかった。…俺の負け。
 漆黒王弟〈ダーク・プリンス〉はあんたの好きにしていいよ。
 一任する」
「了解。復讐王陛下」
 炎を収めて、千里はにこりと微笑んだ。




「―――――――――――――てこつで、殿下が王妃になっても復讐王は殿下に手ば出さん。あれ一回きり。
 て、話つけてきた」
 目の前でVサインを得意げにする千里がいるのは、白石が眠っている部屋だ。
 その前に座った財前と千歳がしばらく固まった後。
「ってその前になんちゅーことしでかすんですか!?
 話つく前に部長が目ぇ覚ましてたら…!」
「千里! いくら止めるためでも蔵を傷付ける真似は…!」
本気ではせんよ。やれるんは事実やけん」
 しれっと言い切った千里に、顔色を変えてくってかかっていた二人がえ?と挙動を止めたところで彼が王に見せた結晶を二人に向ける。
「フレイムウィッチは見たことあるけん、見わけつくばい?」
「……これ、弟王の結晶…じゃなか?」
「そう。似た偽物。
 復讐王陛下は見たことなかもん実物。
 実際は殿下から取り出してなかよ。
 だけん、実際にやろう思たらでくるんは事実」
 そうやなかったら脅しにならん、と千里。
「…お前、ほんにこの分野にかけて“往生際が悪すぎる”ばい」
「俺は『白石』が『千歳』のもんになるためならなんでもするだけばい」
 脱力した千歳に答えて胸を張るのも『千歳』。
 ものっそう居心地が悪いと財前が一人ごちた。
「確かに一番信頼出来ますよね…立証されましたわ」
「なんのこつ」
「千歳先輩が言うたんでしょ。
 白石部長を守ることにかけてはこの人が一番信頼出来るて」
「…ここまで頼りになるとは思っとらんかったばい」
「俺もです」
 歳取ると見境なくなってイヤですね、と財前が皮肉れた。
「千里はそういえば今幾つばい?」
「俺? 今、39歳」
「さんっ!?」
「…二十代以降の男も女も年齢不詳ばい」
「お前らは?」
「俺は21歳。蔵も」
「え?」
「「え?」」
 最初にリアクションをした財前を、『千歳』二人が振り返った。
 本当に、居心地悪い。
「ちゅーか、…千歳先輩ら、俺より年下スか、…て驚きましたわ」
「え? 光、なんねお前幾つ。
 そういえばお前こっち来て何年」
「こっち来て八年。23歳です」
「殿下たちの二つ年上とか…ばってん対には及ばなか」
 その俺の対はなんなんですか、と財前が目をつり上げた。
「俺のふりしてややこしくして」
「財前光。28歳。
 西方国家〈ドール〉宰相ばい。
 同い年の双児王と同じ村出身の幼馴染み。
 頭もキレれば度胸もある、魔法もウィルウィッチには及ばなくとも相当の実力者。
 ま、大抵、五大魔女の対はウィッチばい」
「そんな情報はええとして、…『双児王』?」
 あ、光はしらんかった、と千歳が手を打った。
「西方国家〈ドール〉の双児王。
 ほら、前国王は幸村ばい? それが向こうに帰ったけん、跡継ぎの子はまだ幼児。
 だけん、幸村と結婚した、先々代国王の娘の兄弟…先々代国王の召使いとの間の子を探したら、同じ村に居着いていた二人の召使いの子が見つかったばい。
 両方同い年で、違う母親から生まれた。ばってん、父親は同じってんで、双子じゃなかけど『双児王』て呼ばれとう。
 で、その村に住んでてその二人と仲良かった幼馴染みが招かれて宰相になって…がお前の対ばい」
「いらんことしぃ…」
 ちっ、と舌打ちをした財前がそうかその二人も来るんかと呟いた。
 表向きとは言え、結婚は結婚。
 式は行うのが王族だ。
 となれば、四大国家王は全て集まる。
「式が急ぐスケジュールなんは、あんたが?」
 嫌そうな顔の千歳を叩いて、財前が千里に説明を求めた。
 自分が年上と知るなり、扱いを変える後輩におとなしくやられたままの対を見つめつつ、千里がああと頷いた。
「普通は急がなか。ばってん、状況が状況ばい。
 はやくお披露目しとかんと」
 含んだ千里の言い方に、不意に引っかかったように財前が下から睨んだ。
「…まさか、まだ『ジョーカー』持ってるとか言わないですよね?」
「……さあ」




『五大魔女の扱いには不安が残っとう。
 二人しかおらん、じゃそげんなる。
 四大国家中で保護する言うても、元老が納得するかたいが怪しか。
 元老は国家なしで維持され守られる法律。元老があるが故に魔女もあった。
 だけん、元老を止めるストッパーはなか』
『どうしたらええんスか』
『流石に王妃にまでなって、その上殿下を狙うこつはせん。
 ばってん、なにか理由を作れば元老は殿下を殺すばい。
 殿下は既に要注意人物…殺した方がよか人間に、元老にされとーよ』
『…じゃ』
『その先まで守るんが俺ん役目。
 ま、俺に任せて今はお前は殿下を抱きしめてやるばい』
『策、あんですか?』
 聞いた財前と千歳に彼はこう答える。

『元老に効く薬は、一個しかなか』




 寝台に眠る顔が、時折うなされるように苦しげに歪んだ。
 頬をそっと撫でると、すっと和らぐ。
 二人しかいない部屋は久しぶりで、自然千歳は心が安らいでいると感じられた。
 目覚めた白石は、そうではないだろう。
 自分を裏切った、と俺以上に己を責めるだろう。

「…俺は、蔵がずっと傍におるならそいでよか」

 傷つかないわけじゃない。苦しくないわけはない。嫉妬に狂わないわけではない。
 だけど、今、ここにお前がいる時間が全て。
「白石…こっちおいで」
 うなされるその耳に、そっと囁く。
 ふと緩んだ顔が、ぱちぱちと瞬きして視界を認識する。
 途端、起きあがって離れようとした身体を許さず抱きしめ、閉じこめた。
「…ちとせ」
「逃がさなかよ。これ以上」
「………、…」
 苦しそうに、泣きそうに顔を歪める身体を更に抱きしめてその肌に手を這わせた。
 まだなにも身につけていない身体が千歳に見えていると知ってなお逃れようとするのは、その身体に千歳以外の跡があるからだ。
「……許さなか。俺以外に、自分から行くなんて」
「……」
 馬鹿なヤツ。
 自分から選んで抱かれた癖、俺に言われた一言に反論出来ない。
 国のためとか言えばいいのに。
 それで俺に蔑視されるのが堪えられないような、弱い人間だ。
 そっと、その髪に口付けた。
 そんな弱い、人間が俺の全てで、俺の命を握っている。
 逆に、俺が彼の全てを握っているのだ。
 逆も然り。
 その、陶酔するまでの屈辱と、至福。
 もう、お互いになくては生きられない。
「蔵、お前は俺のもんばい。
 一生、俺のもんばい。
 …お前が選んだって知らなか。お前が望んだって知らなか。
 お前が俺以外を選ぶなら殺す。俺より国を選ぶなら滅ぼす。
 俺がフレイムウィッチである限り――――――――――その力はあって、俺にはそれが許される。
 わかっとね?
 …国を滅ぼしたくないなら俺から離れるんじゃなか。
 …守りたい人間なら、…選ぶな」
 腕の中でかみ殺しきれない嗚咽に泣く身体を、ただ抱きしめる。
 そんな風に愛されるのは、白石にとって不幸か幸福か知らない。
 ただ、もう手段を選ぶのはやめたんだ。
 優しいだけじゃ、お前は余所に行く。
 形振り構わなくならないなら、お前を一生愛せないと、思い知った。
 涙に濡れた唇を深く奪うように塞いだ。

 俺をそうしたのは、この世界と国と、元老と『魔女』と、復讐王。

 俺にこの愛し方を教えたのは、…お前と千里。



 力無く押し倒された身体の髪を撫でて、額にキスをして、抵抗のない手首を掴んだ。



 墜ちる時は一緒に地獄に堕ちればいい。
 一人でなんていかない。俺が地獄でお前が天国に行くなら、お前を俺が落として地獄に連れていく。
 失うのは、イヤだ。



 あの日のように、失うのだけは―――――――――――――イヤだ。




 お前が消えたあの日の痛みを、お前は知らない。

 勝手に命を代価にするお前に傷つくのは、俺だ。

 王族になった儀式、お前が消えたあの日。


 だから、もう何一つ、お前の勝手にさせない。

 お前の意志は選ばない。

 永遠に、ここに縛り付ける力を、…俺は持っている。

 恨むべきは、俺を魔女にした世界。―――――――――――――俺じゃない。




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