−歪んだ北極星U
第二章−【誰彼の五大魔女−暁と陰の章−】
−南の弟王・再来編−
第一話−【Place of period-W 魔女・アリス・交差する世界】
謙也は部屋を、白石・千歳・財前とは遠くに取ってもらっている。 それはここに来た当初、謙也が三人と微妙な距離にあったからだ。 特に白石は南方国家〈パール〉妃で、部屋は王と近い。 千歳・財前は他の新たに見つかった魔女との傍。必然、謙也は場所が遠くなる。 「あ、越前」 パーティの後、部屋に帰る王に声をかけてちょっとと招く。 「ちょお、俺の部屋に一人置いときたいんやけど」 「? 誰」 「なんか…東方国家〈ベール〉の制裁が解けとらんころにこっち逃げてきた子供? 白石に会わせるんまずいし、かといって放り出せへんし」 「ああ…。それならいいよ。食事多く作るのも一人くらい構わない。 ただ監督不行届にはしないでよ」 「了解」 あっさり受け入れられたのは、多分自分が実際なんの力もないから危惧の範囲にないことと、あとは一応五大魔女に縁があるからだろう。 去っていった王を追わず、自分の部屋に向かうと扉をくぐり、閉めて鍵までかけた。 そのバルコニーの、外から見えない絶妙な位置に立っている青年が手に乗せた黒い鳥を空に送ってから、謙也を振り返った。 「おかえり。算段ついた? 謙也くん」 「なんとかつきました。…ただ愛人ってキャラちゃうから俺、子供ってことで」 「あははっ…。ま、謙也はそうやなぁ…」 南の弟王、蔵ノ介は笑いながら寝台まで歩いてくると、ぽすりとそこに腰掛けた。 「で? 謙也くん」 「は?」 「俺に聞きたいこと…めっさあるんやないん?」 下から、矢張り妙に色っぽい目線で見上げられて謙也は疲れたように椅子に座った。 「お見通しですか…。ちゅーか、あのですね…、あんた一応千里の恋人やんな?」 「…そうやんな」 「せやったら恋人以外の男に色目使わんでください! 俺かてぐらって来んわけやないんですよ」 「ぐらって来とるん? ならなんでシないん?」 「そらあなたが白石の対で白石と同じ顔で、つかこっちの俺の父親で、…であの千里の恋人やからそんな人に手ぇ出したら殺される」 「…一番の本音は明らかに『千里の恋人』の部分やろ」 「当たり前や。あの人スレてて恐い! ……脱線した。 …やから、聞きたいことです」 「…うん」 蔵ノ介は足を組むと、腕を態とらしく組んだ。 「南方国家〈パール〉弟王で、あの復讐王の弟。 北極星に心を喰らわれて、…千里に殺された。 …これ、全部ホンマですか」 謙也は他はどうでもいいから、否定して欲しかった。『千歳に殺された』という場所だけは。 辛い。世界が違っても、白石を愛していた千歳がよりによって。 それに、この世界の自分が息子なら、 「…キミが否定して欲しい場所はわかる。 けど、そこを否定したら今の千里を否定する…。 俺は千里に殺されたんや。 …北極星に千里への愛情を奪われて、一生自分を愛さないと絶望した千里が俺を殺した」 「…………っで」 「…謙也くん」 「なんで普通に…言うてはるんですか。いくら心のなかった時でも…今は辛いんちゃいますか!?」 「…恐くない。言うたら嘘で、痛いんはホンマ。 …でも、俺は今、千里を愛せる。 …一番欲しかった千里を愛する気持ちを取り戻せてる。 ……千里が、俺を殺す程に俺を愛したんやって知ってる。 ……嬉しくて、怖くて、痛くて、…でも嬉しい。 …謙也くんには伝わらへんかもしれんけど…、俺はそれでも千里が好き」 「……あんたが本気でそう言ってはるんは、…わかります」 せやったらいいんです。 「千里は、今、どうあれ正しい生き方が、自分のための生き方が出来てる。 …俺を失った後、ずっと迷ってたあいつが苦しくて俺が対の心に入ったんは無駄やなかった。 今の千里を作ったんは、千里を救ったんは、…千里の対と俺の対。 あの二人のおかげで千里は今ああして生きてる。 ……俺は、あの二人に感謝しても足りない。やから、精一杯やれることをやりたい。 そのために、俺はまだ生きてることを知られたらアカン。 ……千里を思うから、会いにいけへん。 ……理解って欲しい」 蔵ノ介の声に、瞳には真っ直ぐな色が映っている。いつだって正しい、自分の白石と変わらない色。 「…わかってます。わかってるから、ちゃんと味方んなる。 …あんたも、俺にとって大事な『白石』ですわ」 「……、…謙也くん、ホンマええ子や。 優しい子」 「あんたの謙也は違ったん?」 「…ううん、よう似とるよ」 蔵ノ介は首を振って否定すると、立ち上がって今後の打ち合わせだと傍の紙を手に取る。 ふと気付いて、謙也は聞いてみた。 「…あの、」 「ん?」 「会いに行ける時になったら、…一番に会いに行きますよね? 千里に」 「……」 蔵ノ介は一瞬驚いた後、とても幸せそうに微笑んだ。 「…うん」 一番に走っていって、名前を呼んで、抱きしめて、キスして言いたい。 愛してる、って。 今度は、俺の声で。 『満ちるや満つる 歌えや大気 今宵は月夜 三夜も月夜 踊れや踊れ 闇降る中の 光は蛍 神の吐息よ 月が満ちれば神様の夜 祝えや祝え 我らの神と 銀の剣 神の騎士は 月下に踊れ 今宵は楽園』 国を祝う祀りの歌が、城下町で響いている。 「ばってん、どげんしてこの世界におっとや?」 忍足に宛われた部屋に響く歌を、物珍しそうに聞いている日吉が机にとんと座って、隣の先輩を見遣った。 「それ、俺達だけに当てはまる話ですか?」 日吉の、彼にとっては当たり前の嫌味じみた声に忍足は気にならない様子でせやな、と頷いた。 「一度還ったんは財前もやろ? 謙也も財前も、俺も日吉もおんなじ」 「それ、忍足さんの従兄弟に先に追求すべきことじゃないんですか?」 「状況が状況だったばい」 千歳は一言言うと、傍で自分を不安げに見上げていた白石の肩を唐突に抱いた。 「兎も角、それは後でよか。 俺はもう寝る」 蔵、行くとよ、と促しながら抱いた肩を強く引っ張るのだから問いかけなど無意味だ。 それを戸惑うような、諦観した顔で白石は見上げただけで言いなりになった。 すぐ部屋から見えなくなった姿に、少し呆れた顔をしたのは日吉で、傍の財前は逆に白石と同じ顔だった。千歳の行動――――――白石への、過度な束縛を諦観した顔。 「なんです? あれ。 あの人、一応越前の妃でしょ。 その越前の前で堂々所有物扱い」 「そこんとこは百%、ここに今いないうちの重臣の所為。 日吉さんら見つけてきたあの人。 あれはね、『千歳と白石』のために手段選ばない人だから」 越前がいやにさらっと言ったが、彼も似たような顔で頬杖を吐く。 千歳の白石への束縛。その当たり前さ。その理由。きっかけ。動機。 全部わかるから、そうなるともう諦観するしかない。 それを振り切って奪う気力は、一度でも愛しい人を傷付ける覚悟をしないなら無理だ。 「…そもそも、絶対的に不利なんだよ。俺は。 無敵な人が味方なんだよ? 千歳さんはさ」 「千里はなぁ、俺は知り合ったばっかやけど、確かに怖いわな。 他は普通の長閑な感じした兄ちゃん、て感じしかせんけど、蔵ノ介のことになるとなぁ…」 「『兄ちゃん』て歳やないですけどね」 「そらそうや」 財前の言葉を笑って、忍足はふと真面目な顔で声を潜めた。 「自分ら、ウィッチの減少理由、どう思っとる」 「…忍足さんは『閑一族』の所為じゃないって言いましたっけ」 「そう。今のあそこは考え変わって、人から魔力奪うことはしとらんて」 閑一族――――――――――人から魔力を喰らう吸魔種だ。 「せやったらやっぱ、北極星の所為なんちゃうん? 今はもうおらんけど、無効化の主やしな。 北極星が存在しつづけた時間分、奪ってったんやないかって…」 つまり、初代南方国家〈パール〉王の誕生から今までの時間、遡った時間が経たないと生まれない、とか。 そう言って、忍足はふと財前や日吉を見遣った。 「なに? お前ら黙って」 「なに、じゃないですよ。 なんで閑一族の今の意向を忍足さんが知ってるんです?」 日吉の言葉に、忍足は今更に、ああ、と頷いた。忘れていた様子で。 「柳生に聞いたんや」 「あの人?」 「あいつ、閑一族やねん。閑一族のあいつが五大魔女になれんのやから閑一族は関わりないやろ」 忍足は事も無げに言ったのだが、日吉も財前も、越前も揃って黙ったのでちょっと身を退いてしまう。何故この話題をする時に柳生がいないんや、と思う。 「そもそも――――――――――――」 俺達がこの世界に来れた理由を、と話題を変えようとした忍足の胸元でいきなり、日吉は聞いたことがある最近売れ出した女性アーティストの歌声が流れ出した。全員揃って吃驚ししてしまう。 「…びっくりした。…なんや着うたや」 「音切ってくださいよ忍足さん」 「ホンマや…」 「えー? ここ電車ん中やないやん?」 普通に会話する忍足たちに、越前が茫然とした後慌てた様子で携帯を指さす。 「じゃなくて! この世界でなんで携帯が鳴るの? ここで携帯が繋がる筈ないんだよ!?」 越前の言葉に、三人ともハッとして顔を見合わせた。日吉が誰の番号だと問う。 「…跡部や」 「出て!」 「あ、はいはいっ…」 急かされるままに通話ボタンを押して耳に当てる。 「………跡部?」 おそるおそる、伺う忍足の耳に触れるのは馴染んだノイズ。 やがて、半信半疑という声が響いた。 『忍足か?』 「跡部か? お前もこっちおるん?」 『いや、俺は東京。…お前はあっちの世界か?』 「…ああ、日吉も」 跡部が話すには、理由あって北極星の世界に行っていたメンバーに招集をかけたところ、財前や遠山、自分や日吉が来ない。 学校は夏休みで、問題になってない。 家に行ったら、そんな人はいない、というリアクション。 携帯はそもそも使えないと試してもいなかったが、偶然、操作ミスでメールを送ってしまったがそれが無事お届けされたというレポートが届いて、まさかとかけてみた。 『冗談の極みだな。繋がるのかよ…』 「大体、要領つかめたけど俺は…。 なんか空間繋いどるヤツがおるのかも…。俺達が来れたんもその所為、な感じの。 ただ、今、跡部たちがこの世界に関わる意味があるんかって気はする」 『それな、俺達が魔法を使えるんだ。その所為だな』 「………えぇ!?」 跡部の声が聞こえない日吉が、なに言ってるのか中継してくださいとせっつく。 『いや本当によ。木手も俺も、佐伯も五大魔女の力健在だ。 他の連中もな。 で、それで今問題になってる。 そっちに行ってた万を越す北極星還り。全員が魔法を未だ使えるんじゃねーか、ってことで。 洒落にならねぇ、てわかるな?』 「…ああ。大体」 『俺達は全員見つけてなんとかするつもりだ。 そっちはなんか問題あるかよ』 「……なんか。…ウィッチが生まれん世界になっとるんが困る?」 『………そーかよ。 そんなんは…………………』 言いかけて跡部の声が途切れる。 何事だと呼ぶと、代わりにトーンの高い声が電子機を通した。 『俺の憶測で悪いんだけど、…もしかして北極星還りが全員魔法を持ち帰っちゃったのが悪いのかも』 「…幸村」 『魔力の絶対量は変わらないんだとしたらさ、そういうことだよね。 北極星還り…俺達含む、が魔法をそっちにどうにかして返す必要があって、だから世界が繋がってて……。っていうのはこじつけかな』 「…いや、ありかもしらん。兎も角、電話繋がるんはラッキーやわ。 また色々相談さして。 越前らに今換わるわ」 忍足ははい、と越前たちに携帯を手渡すと、部屋の扉に手をかける。 「どこ行くんです?」 「いや、ちょっと相談しに」 返事を待たず駆け出していく忍足を追わず、日吉があの人案外アウトドア、と呟いた。 飛び出したはいいが、誰に伝えたものか。 白石と千歳――――――――――は今絶対取り込み中。 柳生は、後で。 千里―――――――――――――は却下。単体であんな怖い人間のとこ行きたない。 「そや、謙也ー!」 丁度走る視界に見えた扉に、ノックも少なに扉を開ける。 中からうお!と悲鳴がしたのは、謙也が丁度出るところだったかららしい。 忍足も吃驚した後、用件を告げようとして中にいる人間に、目が点になる。 「……蔵ノ介?」 彼は忍足とのんびり、視線を交わした後ひらひらと手を振った。 「……え? あれ? でも、こっちの世界の蔵ノ介は………………」 突き詰めて考えて、思考がループしそうになって忍足は踵を返す。 「俺、なんも見てへんから…」 「嘘吐くなー!!!!!」 謙也の絶叫と共に部屋に引っ張りこまれた忍足がもう一度見遣った先にやはり彼は微笑んでいて。 「………………マジですか」 思わず、そう呟いた。 |