永久の絶望の喝采よ。それでも私は阻んでみせる。
八経に至る間だけでも―――――――――――――私はこの国を守るもの。
「…綺麗かねぇ」
2009年、春の四月。
九州からの転校生、千歳はその日、大坂四天宝寺中の校舎を初めて訪れた。
「千歳くん! どこの部活入るん?」
「決めとうよー」
「どこどこ?」
「ん、テニス部」
「「「「え………?」」」」
クラスメイト全員が、え?と固まった。
「あそこ…?」
「やめたほうがええで?」
「やって部員募集しとらんよ…? あそこ」
「そうなん? 去年豊作やったと?」
「いやいやそんな意味やないねん! 千歳くん! 知らへんの!?」
「……?」
クラス全員が、どうしよう?という顔をした。
千歳は内心、理由はわかっていた。黙っているだけで。
「やけんー、入部届け。受け取ってくれんと?」
千歳千里、と書かれた入部届けには「テニス部」の字。
だが、渡したテニス部員は、むくれた顔で「受け取れん」と一言。
「なし?」
「募集しとらんからや」
「…なしてね?」
「…おま…っ……、」
「謙也! そいつ無霊人やないん?
こっちをしらんとか」
「…あー」
「無霊人じゃなかよ。一応、霊兵ん資格ばあっと」
「…わかるんか?」
謙也という部員―――――霊兵らしき男に、千歳は頭を掻いて頷いた。
日本というこの国が、天下を統一したのは徳川の時代。
そのまま明治に至って、今日まで。
けれど、天下争いは未だ続いていた。
海外の国は知らない。これを知るのは、日本国民の、資格を持つ存在。
四十七の都道府県の一つ一つを『国』とし、国の名を掲げて戦う兵を『霊兵』と呼ぶ。
霊兵は『夜の国』に踏み込む『霊力』を持った、十八歳以下の中高生。
国は夜でも明かりを灯し、平和な姿を保つ。海外を騙すように。
その裏の世界――――――ここに在らざる異世界の日本、通称『夜の国』に踏み込めるのは若く霊力に溢れた十八歳以下であり、十八歳を越えたものは彼らの補佐に回る。
そんな彼らの集う場所は徐々に決まっていき、今は目下学校という学舎。その学校の中でも、より国の中央に近い学校を国の『中央軍』とし、他の学校の生徒は『夜の国』ではその学校の者達の下に集う。
霊兵として名をあげるのは、その中央校のある部活の団体。
国によって部活の種類は違うが、確か、この大坂の国の中央軍となる部活は、
「こん国の中央軍はここ四天宝寺中。で、部活ん種類はテニス。他バスケ部と剣道部も軍に参加。指揮はテニス部。
理由は確か、…今代の王の血筋が、テニスを好いとうからとかなんとか…。
今のテニス部部長さんの三十代前の部長さんたいね。今のこん国の王様」
「…無霊人やないんはわかった。で?
九州の国の霊兵がなんの用事や? スパイか?」
無霊人というのは、十八歳以下にも関わらず霊力がなく、夜の国に行けない人間のこと。
九州勢は一つに統一して久しく、今は九州がまるごと一個の国。
「スパイじゃなかばい。ばってん、軍に入る許可が欲しか」
「余所いけ。いらん」
「あんたに訊いてなか。部長さんは?
中央軍となる部活の部長さんが国の軍の総代将軍ばい。そん人は…」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っだーアカン!
あいつによそ者近づけて堪るか!」
叫んだ謙也の手に持ったラケットが一瞬光に包まれ、すぐ金色の弓と化す。
「俺を負かしてから言いや! 絶対あいつんとこには通さへ…」
「こら謙也!」
武器を構えた謙也という部員を、背後から伸びた足が蹴り飛ばした。
そこにはテニス部のジャージをまとった、白金の髪と翡翠の瞳の、綺麗な青年。
「今は昼間! 夜の武器を持ち出すな!」
「しっ、白石やって…」
「ごめんな。キミ。やけどこの通り、今、兵は募っとらんねん。
普通にテニスしたいんやったら…」
「あんたが、部長さん?」
「三年、白石蔵ノ介。
一応、大坂の国の中央軍、総代将軍や」
「て、こつはあんたがこの国の王の血筋…」
総代将軍は、その国の王の血筋が担う。
大坂の国の王の血筋は代々金色の髪だと訊いてはいたが。
「あんた、属性、どっち?」
「は?」
「陰? 陽?」
「…い、陰」
「なら、姫将軍さんか…。姫さんて呼んでよか?」
「俺は男や!」
「軍の決まりばい?」
国、性別に関係なく、王の血筋の将軍は呼び分けられる。
陽の属性を持つ将軍なら、若将軍。陰の属性なら姫将軍。
性別は、関係ない。
現在の将軍の属性がなにか、他国にも見ただけでわかるよう示すのがこの戦争のルールだ。
「俺は陽。
で、…姫さんなら、訊いてなかの?」
「せやからその呼び名やめぇて……。なにを?」
「九州国の……、…同盟の話」
「……ああ、九州の国と同盟をって話か。
訊いとる。で、九州の国の若将軍を同盟の証に大坂の国に寄越すってヤツか。
確か、現国王の千歳雪成様の子の………」
白石の言葉が途切れて、はたと千歳の出した入部届けを凝視する。
「…千歳?」
「千歳千里。千歳雪成の第一子で、九州軍の若将軍ばい。
そげん理由で大坂の国の軍に加わるよう言われったい。
いけん? 姫さん」
「………、ああ、そや…訊いてた…」
「忘れっぽかと?」
「そやない。…同盟て、…確か誰か九州国に嫁ぐことになってたなぁ…て。
姉貴か妹が」
お前が姉妹の結婚相手か。と胡乱な目つきになった白石を堅いと千歳は評した。
「今は本物の戦乱の世にして本物にあらず。
国の結婚は社会の結婚と違うばい。好きになって子をなすためとは違か。
国の間を結ぶためたい。性別関係なかよ」
「……はぁ?」
「親父が、お前が会って気に入ったヤツを国に連れ帰れって言っとった。
俺は姫さん、あんたに一目惚れしたばい。
やけん、あんたがよか」
「………は、はぁっ!?」
「まあそれまでにはまだまだ時間あったい。
それまでは、部下としてよろしくな。姫さん」
「………………………。」
なんだか、随分白石はこの話をまとめた両国の王を恨んでいた様子。
まあ、男同士でもいいとか言われたらなぁ…。(by謙也)
大坂の夜の国は、初めてだ。
ネオンの輝く空の下に、集まる顔はまだ私服の中学生や高校生。
戦には、縁遠い。
「千歳」
声を不意にかけてきたのは、あの最初に食ってかかった謙也という男。
「お前は…えー」
「忍足謙也! 大坂軍、次峰将軍」
つまり、上から四番目に偉い人間か。
ちなみに総代将軍を含め、『将軍』のつく名前を持つ幹部の順位はこう。
上から順に、総大将軍、副将軍、中将、次峰将軍。
「ええと、忍足」
「注意せえや。お前が軍に加わったってしらんヤツも多いし、知ってても疑ってるんもおる」
「わかっとうよ。そういえば、忍足の武器は弓?」
「…ああ。お前は?」
「槍」
「ふうん…」
「謙也、国の入り口を開くで」
「ああ」
二人に呼びかけたのは、あの小石川という男。
部の副部長だから、副将軍か。
「遠神、八百万、恵賜いに祓い示し―――――――――――――」
その場の全員が同じ言葉を紡ぐ声が、その場に高く響く。
「耶蘇囃子に」
千歳と中央に立つ白石の声が、偶然に重なる。白石は千歳を一度見て、無視した。
光に包まれた己と皆の服と、手に持ったラケットや竹刀。
「断たしめせ!」
最後の言祝ぎを紡いだ瞬間、その場の全てのまとう服は現代に不似合いな和装。
手に持つのは、部活の武器が変化した槍や弓、剣。
その時には既に世界は変貌していた。ネオンが照らす夜空のにぎわいはどこにもない。
そこは、一面の緑の野原。
月光が照らす、神秘的な戦場。
「今宵の敵は四国勢や! 一歩も退くんやないで!」
将軍たる白石の言葉に全員が頷く。
その白石の手には、二刃の剣。
「千歳」
「ん?」
「お前の大坂での初陣や。しっかり功績あげてこい」
「…ああ、わかっとうよ。姫さん」
一ヶ月前―――――――――――――九州。
「大坂?」
夜の国から帰った千歳を迎えた橘が、お前の親父の伝言だ、と言った。
「こっから一番近い、天下に近い強国っていったら大坂だろ?
そこと同盟を結ぶって話」
「ああ…。俺が行くって話しな」
どうでもいい、とファーストフード店の椅子に腰掛ける。
「それだけじゃない。向こうの国の姫を娶るって話もあるだろ」
「同盟んためやろ? あんまり気が進まんねぇ」
「そりゃこの年から結婚はな」
「そうじゃなか。顔もしらんばい?
大坂の国の王には娘二人、息子一人って訊いとう。
ばってん両方ブスやったらイヤやけん」
「そこは政略結婚だ。我慢しろ」
「ひどか…」
向かいに座った橘が鞄からなにかを探した。
「で、本当の目的は訊いてるか?」
「ほんなこつの?」
なんだ?と伺う千歳の前に、「その王の娘と息子の写真だ」と三枚の写真が広げられた。
「今、先陣を切る将軍はこの息子。白石蔵ノ介。
娘の上は十八歳以上だし、下は戦場に出るには幼い。
で、親父さんが言うには、…大坂の国を九州傘下に加えるために、…その姫を娶ってこい。…て話だな」
とん、と橘の指がさす写真は、男の写真というのが疑いたくなる、綺麗な。
「女じゃなかよ?」
「そんなもの、国同士では関係ないだろ?
子をなさなくっていいんだからさ。国のために利用するんだ。情が移らない男の方がいい。女はどうしても守りたいって庇護欲が沸くからな。これだけ体格のいい男ならそんな気の迷いもないだろ?
兎に角、心もお前に骨抜きに惚れさせて、言うこと訊かせてうまいこと九州に大坂を組み伏せろ――――――――――そのために、こいつにひたすら気を持たせることして、愛でも告げて抱いてしまえばいい。惚れなくていいから。ま、嘘でも適当に」
「……さらっと悪なこと言うばいお前」
「お前の親父さんの受け売りだ。
それか、もう一個は」
「?」
「軍を切り崩すために、―――――――――――――殺すんだよ。
この姫将軍を。戦に乗じてな」
そういう橘も、政略で東京に行っていたことがあって、言葉はすっかりそこの言葉だ。
(殺す…か)
「健二郎!」
先を走る小石川の前に立った幾人の兵に、向かって謙也が弓を構え、光の矢を放つ。
それにうち倒された兵を飛び越えて、小石川が「サンキュ!」と叫んだ。
「白金の髪…あれが将軍だ! 殺せ!」
深追いした新米兵士を助けに行っていた白石の前に複数の人の群が現れる。
背後も囲んだ兵に、白石が剣を構えた。
「謙也!」
傍の敵を切り倒しながら、謙也を呼んだ白石に答え、謙也の弓が退路を阻む兵を射抜く。
味方を促して陣地に戻る白石の背中に遠くから大量の矢が放たれた。
「白石!」
「…っ」
謙也の悲鳴と同時に、背後を一瞬振り返った白石の眼前に巨躯が割り込む。
その巨大な槍が、空から彼を襲う全ての弓を凪ぎ払った。
「………ち、と」
「大丈夫ばい? 姫さん」
「……ああ」
(―――――――――――――殺すんだよ)
「……そっばがは出来んばい」
「…え?」
不思議そうに見上げる、その綺麗な髪をそっと撫でた。
世界が光に包まれて、戦場が消え去る。世界は、朝靄が包む大坂の街。
「……あんたは、俺が守る。
俺のたった一人の―――――――――――――姫さん」
「………………………」
沈黙した白石の服装はさっきはまともに見ていなかった。ラフなジーンズの私服。
和装も似合うが、こっちも似合う。
「俺を好きに使うてくれ。あんたの命令なら文句はいわん。
…あんたを守るためならなんでもすっばい」
そっと撫でるその髪、一房をすくって口付けた。
「…姫」
「…っ…………アホっ! そない話は姉貴か妹に言え!」
「それがイヤって言ったん姫さんばい」
「俺に言われるのもイヤや!」
「……ばってん、ほんに、…可愛かね。姫さんは」
「…。〜〜〜〜〜〜〜〜…!」
もうなにを言っても無駄と判断したのか、白石が黙り込んだ。
くすくす笑う千歳を微かに赤い顔で睨んで、足早に謙也たちの元へ向かってしまった。
綺麗な綺麗な、姫。
守り、落とすためになんでもしよう。
ただし、橘の言うように、言いなりにさせるためじゃない。
あんたを、俺のものにするため。
今は、平和なこの国の夜。
戦はある。
夜の国と呼ばれる戦場で、今も。
天下を争う戦いが、月の下で。
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長編の予定を、短編に(汗)。
今書いても続きに確実に詰まるので……続き浮かんだら長編にします……。