それは咎持つ神の名前O.C

第一話−【翡鳥〈スチュリティア〉】





 その国は、二つに分かれていた。
 南と北。
 内乱で分かたれた国の南の軍に、千歳が来たのはその季節の初めだった。



「紹介するんは初めてやったな」
 千歳は軍に所属してすぐ、最前線に回された。
 それは力量を信頼されてというより、千歳の経歴を疑った軍の上層が早い殉職を望んで勝機も少ない戦場に送り込んだといって間違いない。
 その戦いの結果は、こちらの死者50名。北軍の死者300名。
 南軍の勝利に終わった。生き残った南軍の兵士の言葉では、新米兵士である千歳が先陣を切って敵をうち倒していった結果だと。
 殉職どころか手柄を持って安全な陸地に戻ってきた千歳を出世させないわけにもいかず、少尉になった千歳はその日初めて南軍の准尉を務める彼と引き合わされた。
「こっち、忍足謙也。
 うちの准尉や。
 謙也、こっちが千歳」
「ああ、お前が。
 よろしゅうな。謙也でええで」
「……ああ、よろしく」
 でかいなぁ、と謙也は暢気に言った。



「ほな、お前住む場所ないん!?」
 軍の館内を歩く足音を掻き消すように響いた謙也の声に、千歳は苦笑した。
「そげん大袈裟なもんじゃなか」
 ただ、戦争で家もなくなったけん、出兵しただけで。
「今までは?」
「ずっと前線におったやろ? そこで寝泊まりしとったし」
「これからどないすんねん」
「俺は普通の兵士が使っとう兵士館にでも部屋もらおうと思っちょった。
 そしたら、上の人が白石ってヤツの家に部屋を貸すよう言うからって」
 兵士館は、家もなく位も低い兵士がまとまって住む建物のことだ。
 衛生的にもあまりいい場所ではない。
(案外、生きてければ他ええんやろうか)
 謙也は内心そう思ったが、耳に触れた名前ににやりと笑った。千歳がそれに若干ひく。
「なんね?」
「その『白石』って知っとるん?」
「いや…」
「ほな、会いに連れてったる!」
 いきなりテンションをあげた謙也が、傍を通った兵士に『特殊部隊の出動要請ってどこの方角や』と聞いた。
 答えた兵士の方角を確認して、自分を引っ張る謙也を追いながら疑問を抱いた。

(…特殊部隊?)




 ジープを飛ばしてたどり着いたのは南と北の国境線。
 はっきりいって、いつ北の鉄風が自分たちを撫でてもおかしくない場所だ。
 辛うじて南の領土ではあるが。
「謙也、こげんとこおったら…」
「まあまあ」
 心配しなや、と笑った謙也がジープから降りた矢先、その足下を銃弾が射抜いた。
 向こう、北の方角にこちらに向かう軍隊が見える。なのに謙也は暢気に「あれが抹殺対象か」と笑った。
「あれ、謙也さんやないですか」
 低い中に、幼さのある声が響いた。
 自分たち以外いない筈の南の領土内、背後から歩いてくる丸腰の少年。
 黒髪に黒目の怜悧な顔立ちの少年が、そこに立っている。
 眼を惹いたのは彼のまとう軍服。南も北も、軍服は黒だ。
 なのに、彼のまとう軍服は白。
「もしかして、俺達を見に来はりました?」
「もちろん」
「物好き」
「光、そういうな。
 謙也はうちの隊長の幼馴染みや」
 その背後から現れた長身が少年を「光」と呼ぶ。彼もまた、まとう色は白。
「なに、お前ら三人だけか?」
 謙也が『三人』と言う。しかし、その場にいるのはどう見ても二人。
「ええ、まあ。
 てか、話すの後にしてください。
 向こうがこっち来てまうんで」
 少し怠そうにした少年が耳のピアスをいじると、急変したように笑った。
 軽い足取りで敵軍が向かってくる国境に歩いていく。
「おい!」
「あいつは財前光。特殊部隊の新人」
 千歳が慌てる余所で、謙也は全く動じない。
 車から次々に降りた敵軍兵士が銃を構えた。それが一斉に発射され、その財前という兵士を狙ったが彼は一度宙に舞うように飛んで交わす。
 だがそれでは無理だ。着地してすぐまた狙われる。
 そう思った千歳を笑うように、財前がなにも持たない右手を敵軍に向ける。
 その右手の輪郭がぶれて歪んだ瞬間、その手だった場所にあるのは不思議な紋様の刻まれた白銀の巨大な銃。
「そっちが売った喧嘩や。ちゃんと命は払ってけや!」
 財前の腕の銃が火を噴いて、瞬く間にそれから放たれる銃弾が兵士たちを撃ち抜いていく。銃弾が鉛ではない。人間に触れた瞬間、爆発する爆弾だ。一発の銃弾で、触れた兵士に被弾し、爆発、傍の兵士をまきこんでいく。
「驚いたやろ」
「あれ…」
「『特殊部隊』はただの人間やない。
 南(うち)の威信をかけて開発された特殊な技術で身体を改造された、身体の一部を武器に変化させられる人間が所属する部隊。
 奴らは、―――――――人間の姿をした兵器や」
 謙也の言葉を千歳に証明するように、財前の右手が再びぶれた。ただの腕に戻る。
 すぐ、背中が割れてそこから飛び出したのは鉄の六本の羽根。
 そこに装填されたミサイルが、敵軍を向く。
「―――――2,1,…発射!」
 勢いよく敵軍に発射されたミサイルが全てを炎に変える。
 舞った爆炎に、見えなくなる視界。
 だが一瞬、千歳の耳を掠めたのは厭な音だ。
「お前!」
 千歳の声に、不思議そうな顔をした財前の身体を抱きかかえたのはあのもう一人の特殊部隊の男。
 瞬間、向こうから放たれたレーザー砲はその腕が変化させた巨大な盾によって完全に防がれた。
 それはやはり羽根のような巨大な白銀の盾だ。紋様が同じようにある。
「あいつは、小石川健二郎。
 特殊部隊一の防御を誇っとる」
「光。向こうに遠方射撃部隊がおった。先走るな」
「すんません」
「いや、ええ。あれは、あいつがどうにかする」
 やっと爆炎が去った視界を、急に空から降ったレーザーが凪いだ。
 敵軍の狙撃部隊が砲台ごと惨くも真っ二つに切り裂かれていく。
「上におったか」
 謙也が見上げた頭上、無人の狙撃上の建物の屋上に立つ、白い軍服、白金の髪の男。
 その腕は白銀の紋様で飾られたレーザーの剣そのもの。
 それが一瞬輝いた。それはとてつもなく広範囲のレーザーを放ったのだと、向こうの軍が一瞬で全滅してから理解した。
「小石川の盾はミサイルも、レーザー砲も防ぐ。
 けど、あいつのレーザーはその盾すら切り裂く。
 あいつが、特殊部隊最強の兵士にして、特殊部隊の隊長」
 謙也の声に呼ばれたわけでもなく、飛び降りた男が地面に足を降ろす。
 それに合わせてひらめいた軍服の白い裾が視界を奪う。
 最初、財前と小石川に向けた視線はすぐ千歳たちに向けられた。
 その翡翠の瞳が、千歳と交わる。
「白石蔵ノ介」

「………お前、が…一般部隊の新人。少尉、千歳千里?」
「……あんた」

 彼は、全ての頂点にいた。
 自分たちとは桁違いの戦績。功績をあげた優秀な信頼厚い隊長。
 なのになんて、綺麗な―――――――――――――。



 まるで、真っ白な翡鳥〈スチュリティア〉のように美しい、それにはあまりに強い毒があった。











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