それは咎持つ神の名前O.C

第二話−【死神犬〈グリム〉】





「千歳、そないなとこで寝ると風邪ひくで」
 縁側でぼーっとしていた千歳をそう勘違いしたのか、彼がそう言った。
 見上げると、起きていたのか、という顔。
 白金の髪に映えた白い着物、袖から伸びた手が千歳の髪を撫でた。
「すまん。ぼーっとしちょった」
「やろうと思った」
 ご飯出来たて。白石の言葉に立ち上がる。
 あれから、千歳は白石蔵ノ介の家に住んでいる。
 今は一時休戦で出動要請が一般部隊にも特殊部隊にもない。
 白石の住む家は、屋敷と言った方がいい。
 大きな桜の木々が飾る大きな庭に広がる、木の邸宅。
 祖父の代から軍人だという彼の家は国有数の名門の家系で、今は祖父も亡く白石一人らしい。
 疑わしいだらけの自分と違い、疑いようのない経歴の彼。
「千歳?」
「ああ。…今、行く」
 それなのに、頷きながらなにか、引っかかっていく。







 白石蔵ノ介。
 年齢、18歳。
 生まれも育ちも南。北に行ったことは皆無。
 父も祖父も高い戦績を誇った軍の要であり、祖父は元帥にまで上り詰めた。
 しかし、十年前に両親、祖父ともに他界。
 兄弟はなし。


 千歳が知った彼の情報。
 追記、特殊部隊の隊長。
「…ばってん」
 なにかが、引っかかる。
 文句無しの経歴といえばそれまでだ。
 けれど、自分の第六感が訴える。
 彼にはなにか、ある、と。

 だって、感じたんだ。

 出会った瞬間のあまりに鮮烈な美しさと共に。
 その白い鳥に存在する、毒を。

「千歳!」
 呼ばれて意識は現実に帰る。
 そこはパーティ会場だった。そうだ。休戦の合間、自分たちは上のパーティの警備にかり出されている。
「つまんなそうやな」
 傍にいたのは謙也だった。別に、そうじゃなか、と言うと笑われた。
 説得力がない、と。
「あ、」
「?」
 謙也の視線を追ってすぐ理解する。
 白石だ。
 傍にいるのは、軍の中佐らしき男。
 傍に若い少女がいる。
「あちゃー、またか」
「また?」
「白石。あの見た目やん?
 で、あの文句無しの経歴に本人は最強の特殊部隊の隊長。
 多いんや。上の連中の娘をもらってくれ、とか、娘の婿に来てくれとか」
「ああ…」
 よくある話だ。
 そこまで思って不快になった。
 少女が笑って白石のその鳥の翼そのもののような色の髪に触れる。
 ざわりと心臓が厭な音で軋む。
「断れへんよな…あれ」
 相手、中佐やし。

 触るな。
 そんな化粧と香水まみれの汚れた手で。
 その美しい翼を、穢すな。

「え? 千歳…っ?」
 驚く謙也の声を背後で聞いた。
「失礼」
 白石も、驚いた顔で見上げてくる。
 少女の手を緩く解き、白石を背後に庇った千歳を、中佐は一瞬の驚きの後無礼だと怒鳴った。
「中佐。申し訳在りません」
「白石。しかし…」
「彼は私預かりの身です。私が今後失礼ないよう言い聞かせておきますので。
 ご令嬢、申し訳在りませんでした」
 白石の柔らかいテノールの謝罪に、少女は頬を染めて首を横に振った。
 娘の態度に、中佐も今後ないようにと言うに留める。
 すぐ、千歳は白石に手を引っ張られて、廊下に連れて行かれた。
「お前な、なんのつもりやねん。危なっかしい」
「…なん、てつもりはなかばってん」
「……?」
 ただ、許せなかっただけだ。
「……千歳?」
 そっと、手袋を外して、同じようにその翼のような髪に触れた。
 白石は意味もわからず、息を呑んでじっと見つめてくるだけ。
「…せなか」
「……?」

「こん翼が穢れる」

 そう吐き捨てた、千歳の声と顔が、髪を撫でる手の体温が限りなく暗くて背筋をぞくりと走ったのは間違いなく恐怖。瞳に、熱がない。冷たい。
「……ちとせ?」
「…ああ、なんでんなか」
 手を放して、千歳は瞳に熱を戻すと、白石を改めて見た。
「さっきん」
「?」
「『私預かりの身』…て?」
「……わかっとんのちゃうん?」
 白石の言葉に、ああと頷いた。
「俺を元々怪しんどった上がお前みたいな血統書付きのサラブレットと住居一緒にさせるメリットは一個。
 …お前に、俺を監視しろ、て話ばいね」
「ああ。…お前は、まだ要注意人物や」
「……知っとう。ばってん」

 千歳が言いかけた瞬間、会場の方で悲鳴がした。



 会場で倒れていたのは、先ほど千歳が会話に割って入った中佐の男。
 亡くなっていた。死因は、毒。
 千歳が真っ先に疑われたが、白石の「自分が口を割らせる」という一言に一応時間を寄越した。

「千歳」
 白石の屋敷。
 縁側に座った千歳の肩にかかった布に、顔を上げる。
「なに、て顔やないやろ。お前、やばいで本気」
「……ほんにな」
「や、ないやろ。なにか理由かアリバイでっちあげんと…」
「……白石のアリバイは、俺とおったこつ?
 それとも、経歴そのもん?」
 暗い瞳。掴まれた手。
 零した低い声。理解が一瞬出来なかった。
「……は?」
「…毒、いれたん白石ばい?」
「…なに、言うてんねん?」
 武器に変える左手がきつく掴まれる。
「武器にもなるこん手…。
 もしかしたら、…別のもんか、あるいは毒そのもんを作るこつは可能かもしれん。
 それなら、手で触れただけででくる」
「…おい、証拠ないにも程がある。
 お前…なにを」
「…ある」
 見つめる、瞳は矢張り熱がない。
 暗い。冷たい。
「……あの会場で、あの男に触れたんは、たった一人。お前だけ。
 …他におらん」
「おい…ええ加減にせえや!?
 それだけか? 他になんもないんに勝手に犯人扱いしなや!」
 やってられない、と白石が手を無理矢理解いて背中を向ける。
 部屋を出ようと歩く足が、ふと止まった。
「……どげんしたと?」
 千歳の声が、笑った。
「……………、?」
 白石が、足を止めて茫然と左手を見遣る。
「武器に変化させられなかろ?」
 千歳の声が、耳に触る。
「…ばってん、それが理由。
 ぬれぎぬなら、殺そうとする必要なかもん。
 やって、信頼厚いお前と、疑わしい俺。証拠なかならお前は絶対疑われん。
 …ばってん、あるから、俺を今殺して、俺を犯人にしようとした」
 違か?
 千歳が立ち上がって、背後からその手をぐいと掴んだ。
「……な、ん…なに、した。お前、…なんや……」
「……俺の右目。…見わけつかんばってん、一応特殊兵器ばい。
 …特殊兵器の発動を封じる力ばあっと」
「そ、んなもんあるわけ…。第一、特殊兵器は特殊部隊に入ったヤツしか…」
「俺は爺さんがここの元帥の友人だったばい」
「……」
「もうわかっとね?
 その元帥は、お前ん爺さん。
 お前の爺さんの意志で、いつか特殊兵器を持ったスパイが生まれんように俺は改造を受けた。
 白石元帥も予想しとらんかったとやろ。そのスパイが、自分の孫やなんて」
 笑う声が、最後だった。
 鳩尾にたたき込まれた拳に、意識は暗闇に落ちた。











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