『特殊部隊に告ぐ。出動要請。出動要請。
方角、南西の国境』
空船で空を滑走しながら小石川が通信機から受けた情報を全員に伝達した。
「ええか?
向こうの第一陣に白石がおる。
俺の盾は使わん。ヤツが撃って来たら防御とか考えず一旦退け!」
全員が「はい」と頷く。
小石川の盾は特殊部隊最強だが、白石の武器はその盾すら破壊する攻撃力だ。
何故裏切り者にそんな最強の矛を備えたと思うが、彼の経歴に文句がなさすぎたのだ。疑いようもない。
「あとはお前頼みや。千歳」
「……わかった」
自分たちの綱は千歳の特殊武器封じ。
白石の武器さえ封じれば、勝機はこちらにある。
ただ、一縷の問題は、千歳の見えない心。
『……手柄なんて、…もんが欲しかったんじゃなか』
あの日、千歳の零した言葉。
千歳が欲したものが、手柄でもなく、ただ白石という人そのものなら、千歳の意志次第で状況は優勢にも劣勢にもなる。
「…」
なにか言いたげに自分を見上げた財前の髪を撫でて、小石川は少しだけ笑った。
人前で自分を恋人扱いしたことよりも、その自信のない笑みに驚いた財前に、小さく言う。
「…今は、信じるしかないんや」
「…千歳さんを?」
「………」
小石川は黙って、空船の停止した国境の先を見遣る。
「……白石を、……かもな」
その先には、一面の黒い砂のような人の群。
そしてその中で明らかに目立つ、白い軍服の三人の姿。
「…―――――――――――――全員、空船から飛び降りろ!」
小石川が叫ぶのと同時に空船から財前を抱えて飛び降りた。
千歳も従ったが、間に合わなかった数人が空船ごと空を凪いだレーザーに撃ち落とされた。
舌打ちをして地面に着地した小石川が、なにかに気付いたようにこちらに向いたレーザーから全員の身を庇って盾を出現させる。
「隊長!?」
財前の一瞬の恐怖を笑うように、盾はレーザーをあっさりと防いだ。
「……え?」
「こいつは、白石のやない。
エアレーザーか…?」
空気を振動させて放つ真空波のような早い刃だ。
この手の振動系の技術は南より北が上だ。
「ナイス判断や。新隊長。
よく、蔵ノ介のやないて見抜いた」
一歩敵陣から進み出た白い軍服。黒い髪と眼鏡の男。
白石をファーストネームで呼ぶ男を、全員が疑うように見た。
「せやけど、これで終わりちゃうで?」
男が笑んで、手に嵌めた漆黒の羽根を横に凪ぐ。
そこから放たれたエアレーザーをなんとか盾が防ぐが、すぐ背後を悲鳴が覆った。
「…!?」
背後を凪いだのは、高い上空から凪がれた正真正銘最強のレーザーの刃。
それが通った盾の先端が無惨に切り裂かれている。
「……白石」
小石川の呼んだ先、千歳の見た先、こちらから奪っていった空船から飛び降りた白い軍服の男が同じ服のその男の傍に立った。
特殊部隊の兵士は、半数が既に深手かあるいは絶命だ。
「千歳」
「…ああ」
盾を解除した小石川の横に立った千歳を、向こうに立つ白石が微か笑った。
「ええん? そこのでっかいの。
蔵ノ介のはそら特殊武器やからお前の力で封じれるけど、俺の武器は腕に嵌めるだけの普通の開発武器やで?」
お前の力やったら封じれん、と言う黒髪の男を見遣って千歳は目を細める。
「…白石、そいつか?」
千歳の言葉に、白石が意味が分からないという顔をした。
「お前が南を裏切ってまで大事にしたかもんは…そいつか?」
「……なにが言いたい」
若干苛立ったような白石の声に、片方の男が笑って白石を背後に庇った。
「千歳千里やな。
兄貴が世話になった。いっぺん死んどこか」
「…兄貴?」
「白石蔵ノ介の弟の侑士って言うねん。よろしゅうな」
「…お前が原因で間違いなかね」
「さあな」
答える義理はない、と侑士が手の武器を構える。
「……勝ち誇るんは、早かぞ? 白石の弟さん」
「…」
その言葉に侑士がぴくりと眉を動かす。
なにが言いたいのかわからないが、丸腰の、おそらく銃を一つしか持っていないだろう千歳の自信はなんだ。
「…後ろ、見た方がよか」
後ろ? 後ろには味方しかいない。なにを言って。
「侑士!」
背後で響いた、兄の絶叫と同時。
侑士の腹を貫いたのは、間違いなく兄の武器のレーザー。
「……は……?」
引きつった笑みと同時に、口から血がごぼりと溢れた。
背後を振り返る暇なくその場に倒れ込んだ身体に駆け寄ることも出来ず、白石は己の身を襲った信じがたい事態に千歳を見遣った。
「……なん、や。これ。
…千歳、…お前か…?」
その手から勝手に出現したレーザー。侑士を傷付ける意志も理由もなかったのに。
自分の右目を指さす千歳の笑みが、悪魔に見える。
「俺はお前らの武器を、封じるこつも増幅もでくる言うたばい?
…勝手に、操るこつもでくるってこつばいね?」
「………、」
「白石、……そいつ、助けたか?」
周囲は、反撃を見計らう南の特殊部隊と、射撃用意のまま機会を伺う北の軍。
その中央で見つめ合う視線は、やはり綺麗な鳥を捕らえる。
「手当なら……、…ちゃう。
お前の意志一つで、更に操ることも…止め刺すことも出来る。
いややったら従えって話か」
「当たりばい」
にこりと笑った千歳に、嘆息を一つ吐いて白石は手から武器を消した。
視線を一度部下たちに向けてから、ゆっくり千歳の傍に歩いてくる細い肢体に手を伸ばした。その手に、その白い指が重なる。
心臓が五月蠅い。
だって、欲しかった。
この鳥が、どうしても欲しかったんだ。
「……千歳。やっぱりお前は甘い」
耳を掠めたのは、白石の笑い声と自信に満ちた声。
「今や! 一斉射撃!」
白石の命令に躊躇うことなく構えていた銃の引き金を引いた北の軍の兵士に、小石川が反射で盾を出現させ、財前他陣地にいる部下達を庇う。
だが千歳はそうもいかない。それよりなにより、千歳の前にいる白石自身、蜂の巣になるのに。
「白石!!」
小石川の絶叫を耳に捕らえた瞬間、白石の身体は大きな巨躯に抱き込まれていた。
鼻をくすぐるのは、あの愛撫の中で知った匂い。
身体を包む温もりは、あの快楽の中でもうろうと掴んだ暖かさ。
「俺は、そげんこつどうでもよか」
銃声が去った後、耳をあの一瞬掠めた声を疑った。
自分の足や腕は被弾したが、身体の致命傷となる場所に銃創はない。
何故かと、考える理由もなかった。
自分を抱きしめて、敵なのに庇って、全身夥しい怪我と血に汚れた巨躯がそれでも立ってなお、自分をきつく抱く。
「……………」
理解、出来ない。
したくない。
なんなんだ。この男は。
なんなんだ。本当に、本当に自分が欲しいだけなのか。本当にそんなしょうもない価値に命さえ賭けるような馬鹿なのか。救いようのない。
「……白石」
息絶える前のような、荒い呼吸が耳を打った。
「…俺も、北に行けばよかの?」
「……なに、言うて」
「…お前に、愛されるには、どうしたらよか?」
「……おまえ」
「……時間も、隙間もお前には端からなかった。
他に、お前を得る方法なんかなかったんばい。
…それでも俺は欲しかった。お前が欲しかった。どうしても欲しかった。
……白石」
呼ばれて意味もわからず見上げた先、自分を見下ろす柔らかい優しい笑み。瞳の奥の慈しむ、黒の滲んだ瞳。
金縛りのように動けずにいると、柔らかいキスが降った。
ほんの少し唇に重なっただけのキスは、血の味がした。
「……愛してる。…そう言ったら、…こっちば、向いてくれっと?」
「……ちとせ……」
茫然とそう呼んだ。その瞬間、力を失った巨躯がその場に崩れ落ちた。
わからないことの方が、きっと多いんだ。
それでもわからなくて、なにもわからなくて再び武器に変えた腕で敵陣を凪いだ。
向こうが怯んだ隙に駆け寄って来た部下に、侑士と千歳を回収するよう命じて自分も車に飛び乗る。
撃たれた足が痛むとか、そんなことはどうでもいい。
放置すれば死んだかもしれない、それで清々した筈の千歳を助けようとしている理由も、考えたくなかった。
今は何一つ、考えたくなかった。
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