らびっとでぃあ


 −一話・片思いのつもりなのか−




 千歳はカッコイイ。
 他のみんなが、あかんて、やめろて言うけど、多分俺はあいつが好き。



「うち、千歳くんが好きなんや」



 その可愛らしい声を聞いた瞬間、女子と二人きりの千歳を見た瞬間、もう耳は生えていた。
 それから、胸がずっとぎゅうってなってて、戻らない。


「なぁ…謙也」
 昼休み、二組に顔を出した小石川は、謙也を手招いてこそっと耳に問いかける。
「白石、どないしたん? 一時間目には既にウサギになっとったやん?」
 窓際の席にぼーっとして座る白石を、クラスの仲間がちらちらと伺ってほわん、とした顔を浮かべる。可愛いのはわかる。自分たちからしたって可愛い。
 しかし、何故彼は普段なら小一時間で治るウサギモードでずっといるのだろう。
 へたり、と垂れきった耳は弱って切なくなっている証だ。可愛いが、そういう問題じゃない。
「…なで回したくなるくらい可愛えけども、…なんでやろ」
「千歳って今日見たか?」
 謙也が「いや見てない」と答える前に、それを拾ったのか窓際のウサギの耳がぴくん、と一度立ち上がって、またすぐへにょり、と垂れた。
「…千歳関係や。あれは」
「やな…なにしとんあいつ」
 千歳を探すか、しかたない、と二組を後にした小石川は、しばらく歩いたところで自分の袖を掴んできた人物を振り返る。
 予感はしていた。人前で甘えられない彼だが、自分に限っては甘えたがる時があるし、弱っている時は甘えないと治らない。
「なんや? 部室行くか? 白石」
 そこにいる、袖を掴んだままの白石の頭にはやはり耳。
 うるっ、と瞳を潤ませて、しっかりと小石川にしがみついた。

「…で、千歳が、女子に告られとったから?」
「……」
 部室。二人きりだが、多分近いうちに、いやすぐ、乱入してくるヤツがいることは予測済みだ。だって、狼はウサギの匂いに敏感で、ヤツは白石がウサギになったらすぐかぎつけてくる。
 きゅ、きゅと鳴きそうな顔で小石川の肩に寄りかかっている白石が、「だけやけど」と一言。
「…ああ、その後を見なかったんやな?」
「…うん」
「千歳は断ったって。間違いない」
「……せやけど……っ」
 うりゅ、と真っ赤になった瞳と目尻で見上げられ、小石川は仮定どころじゃない、と思う。
 謙也たちはこんな風に千歳絡みで甘えられたことがないから、仮定だ。しかし、白石はもうマジで千歳にメロメロだろう、これは。
「まあ、本人に聞いてみ?」
「でも、千歳、今日はおらへんよ…? 携帯も繋がらん場所やと思う…」
「電波が立ってないんやろ。でも、」
 それ以上にあいつに届くもの(餌)があるしな、と言う前に部室の扉が壊される勢いで開け放たれた。
 そこには完璧狼モードで、ぜはーぜはーと荒く息を吐く千歳。
 千歳は中で、ウサギになった白石にしがみつかれている小石川を見て、憤怒の表情を浮かべて近寄り、手を小石川に伸ばす。
 が、それを軽く受け止めてから、小石川はにっこりと白石に微笑んだ。
「て、ことで聞きや? ほな、俺は戻るわ。千歳、泣かせんなや」
 ぽん、と肩を叩かれ、軽く放り投げられて、半ば茫然とした千歳はすぐ、白石に気付いて傍のベンチに座った。
「どぎゃんしたと? 大丈夫な?」
「……」
「白石?」
「…や」
「え? しらい」
「や!」
「……、………」
 驚いたあと、千歳はわかったように柔らかく微笑んで、耳の垂れた頭を撫でる。
「なんね? 蔵ノ介(・・・)
「………」
 名前で呼んで欲しかったらしい白石は、気が済んだのか千歳の胸元にぽすり、と自分から倒れ込んでくる。よしよしと撫でて、抱きしめてやると袖をぎゅうっと掴んできた。
「どぎゃんした?」
「……告られとったから」
「……俺が?」
「うん」
「……あー、今朝な、あれは断っとうよ?」
「ほんま?」
「うん」
 はっきり眼を見て頷いてやると、白石はやっと安堵したのか頬を桜色に染めて口元を綻ばせた。
「…あぁ、ほんにむぞらしかね……っ」
 ぎゅうう、と抱きしめて耳を撫でても、今日は逃げていかない。
 至福だ。
「ちとせ、どこおったん?」
 いつもならすぐ来るのに、と言う白石。千歳は苦笑する。
「実は、今朝、告白されたとき屋上やったばい?」
「うん」
「屋上の鍵が壊れてな…でれんかったと…」
「え」
「あ、もちろん、一人やったとよ?」
 その女子とは一緒じゃない、と教えるが、目を見開いて千歳を見上げる白石は泣きそうだ。
「ち、ちとせ。なんかへんやない? 気持ち悪ない?」
「だいじょうぶだいじょうぶ。で、さっきやっと出られたけん」
「………おなかすいてへん?」
「…んー、ちぃと」
 正直に答えると、千歳の胸元の服をぎゅうっと握って、白石は上目遣いに首を傾げた。
「一緒に食べたらあかん?」
「……」
「…、っ」
 あかんかったんや、と誤解して泣きそうになった白石の頬に、キスが落とされる。すぐ顔から火を噴くほど真っ赤になった白石をぎゅっと抱きしめ返し、千歳は髪に頬ずりをしている。頭には、狼の耳。尻に生えた尻尾がふりふりと振られている。
「もちろんよか! 一緒に食べっと!」
「………うん」
 可愛い可愛い、と頭を撫で、身体をぎゅうぎゅう抱きしめても逃げようとしないウサギ。
 ああ、この子は本気で俺に気持ちを隠しているつもりなんだろうか。
 こんなに赤くなったり、泣いてたりしたら、バレバレなんだけど。

 まあ、可愛いから、もう少しこのまま。

 でも、



(やっぱり、今すぐ白石に告ってそのまま喰いたいかもしれん………)




 狼は狼で、忙しい。主に、恋いに。





「あ、謙也。多分、白石もう大丈夫やから」
 と、謙也に報告しに来た小石川。やはり耳はない。
 今日もやっぱり、正体は不明のままだった。






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