★らびっとでぃあ★ −二話・恋人記念日− それは、ある日の部活の終了後。 部室にいるのはもう各々練習を追加していたレギュラーのみ。 「………」 謙也と財前が、愛でるとしか言えない目つきで部誌を書いている部長を見遣る。 その頭には、ふりふりと上機嫌に揺れる、ウサギの耳。 「…めっちゃ可愛えけど、なんやろう。なにがあったんやろう白石」 「ものっそい可愛すぎます部長……。なで回したい……」 二人の隣で着替えていた副部長・小石川が「やめとけ。かじられるぞ後頭部」と笑って注意した。椅子に座った部長の傍には、椅子に反対向きに座ってソレをにこにこ見ている、狼・千歳の姿。 「…あれが原因なん?」 「まあな」と小石川。 「なにが原因なんです?」 はっきり聞いた財前に、「邪魔しないなら教えたる」という冷静な声。 「……邪魔しませんので」 千歳の邪魔をしないなんて、しゃくなことこのうえないが、仕方ない。 財前と、謙也がその条件を呑むと、小石川は二人の耳元で囁く。 「昼間な?」 「千歳…!」 普段、どちらかといえば自分が寄る前に狼に掴まることの多いウサギが、自分から狼に近寄ったので、小石川はなんだろうと視線を向けた。 そこは中庭で、まだ誰もいない。一組と二組は、授業が早く終わったのだろう。 自分は調理実習で、調理室は中庭に面した一階だ。 とてとて、ぽすっ。と千歳に駆け寄った白石はあまりに可愛くて、千歳が感激してその身体をぎゅうっと抱きしめる。 「かわいか〜」 「千歳。千歳。明日、暇?」 「明日? 暇しとうよ?」 可愛い可愛いと既に耳の生えた頭を撫でる千歳と視線を合わせて、白石は言う。 「明日、遊園地。行こ?」 「…え? 遊園地?」 「うん…。嫌?」 千歳が聞き返したのは、決してそんな意味じゃなく、「俺と二人きり?」とかそんな意味だ。恋に関しては自信のない白石は気付かないが。 「違うばい! 嫌じゃなかよ! …あの、俺と、二人? それとも…」 「千歳と、ふたり」 その瞬間、千歳の頭と尻に、耳と尻尾が生えた。狼の。 「そ、ソレは……」 悦びにぷるぷると震える千歳の腕の中で、食われる危機感皆無なウサギは上目遣いに言った。 「デートすんの」 瞬間、千歳の背後に『可愛い』というでっかい文字と、雷が光ったのが、小石川には遠目でもわかった。 (デートて、お前、…それで片思いのつもりなんや………) まだ、片思い中(?)のはずの白石だ。普段から、「まだ千歳に告白なんかでけへん」と言っている。が、そんな風に赤くなったり、そんなこと言ってたら、まあ一目瞭然なのだ。千歳にも。 (…知らぬが仏。いや、知らないふりが仏?) なんにせよ、微笑ましい。 そんなことを考えている小石川の背後。同じ調理実習のクラスメイトが持っている料理の皿は何故か、盛りつけされた料理がみんな違う。 「隊長! A班終わりました!」 「B、C、D班も終わりました!」 「よし。小石川の鼻に近づけるんや!」 と、クラスメイトたちが今日も「小石川健二郎はなんなのかを調べる会」を、本人たちの本気で行われていることを、知ったうえで、放置だ。 未だ、四天宝寺の七不思議、小石川健二郎。いつでも、余裕である。 「て、ことが」 小石川に説明を聞き終わった謙也と財前は頭を抱えた。 白石からじゃ邪魔出来ない。というか、邪魔しないと、よりによって最強動物(?)の小石川に約束してしまった。無理だ。邪魔出来ない。その場に乱入とかも無理だ。 「…健二郎。お前はほんまになんなん?」 「オフレコで…」 その問いに、小石川はしれっと答える。 「ただのでかいインコや」 嘘吐け……………!!!!!!!! その背後で、部誌を書き終えた白石が、千歳にいい子いい子されていた。 翌日、千歳が約束の遊園地前に到着したのは、待ち合わせの二十分前。 千歳千里にあるまじき時間厳守ぶりだが、相手があのウサギなのだからしょうがない。 恋愛込みで、しょうがない。 門のところを見遣ると、やはりというか、男に囲まれているそのウサギ。 頭には、既に耳が生えていて、へにゃりと垂れている。 男の一人がその頭を撫でようと手を伸ばした瞬間、その背中になにかがヒットした。 痛みに男達が振り返ると、そこに転がるのは、下駄。 そして背後に、狼の耳と尻尾の生えた大男。 男達が、脱兎のごとく逃げたのは、言うまでもない。 下駄(軽量版)をはき直すと千歳は、白石に向き直った。 「待たせたと? ごめんな」 「千歳…っ」 とててっと傍に駆け寄って、千歳の身体にひしっ、と抱きついた白石の髪を撫でてやる。 白石は嬉しそうだ。 そこで、千歳はあまりに可愛い光景に気付く。鼻血を吹きそうになった。 「白石っ……そん格好は……!」 「え? うん。健二郎が、これ着てきなさいって」 とにこにこと笑って答える白石の頭には、ウサギの耳が今度は元気よく立っている。 その身体が着ているのは、ベージュ色の、ウサギの耳がついたフードの、パーカー。 ウサギに、ウサギ耳のパーカー。 ウサギが、ウサギの耳付きパーカーを着ている。 可愛い………!!!!! 「…小石川、グッジョブたい…!」 小声である。 「千歳、千歳、行こ?」 「あ、うん!」 勢いよく頷いて、千歳はその耳を撫でた。耳は、嬉しそうにぴくぴくと動いてみせた。 その後、順調に園内を回った二人。 遊園地では、びびったウサギに抱きつかれ、ミラーハウスでは手を繋ぎ、千歳にとってはまさに楽園のデートコース。 これで、本人は付き合ってないつもりなのだ。このウサギは。 (あああああ、やっぱりはよ告ってがぶって食いたか…!) 物騒なことを考えながらも顔には微塵も出さず、千歳は笑顔で白石の髪を撫でて言う。 「ちぃとおなかすいたばい? アイス食べなか?」 「食べる」 「よし。じゃ、なにがよか? 買うてくったい」 「え? 俺も…」 「カノジョは彼氏におごられてなんぼばい」 「……………」 「嫌と? こん言い方?」 千歳に覗き込まれて、白石はぷるぷるぷると首を左右に必死に振った。 「そ、それが俺、エエ!」 「うん。じゃ、なにがよか?」 「…バニラ」 「わかった」 ぽん、と髪をもう一度撫でて、アイス売り場に向かった千歳を見送って、白石はへにょ、と薄い色の耳を垂らした。 その時、ポケットで携帯が振動する。 「…けんじろ?」 着信相手を見て、白石は通話ボタンを押した。 『もしもし?』 「どないしたん…?」 『お前が千歳のことでウサギになった時のお助けマンや。気にすんな』 「………うん」 そこは、何故わかるのかに突っ込むべきなのだが、今は切なくなっていて、白石は頭が働かない。 『千歳がなんかしたん?』 「…俺が、千歳と彼氏カノジョがええて言うたら、あっさり流された?」 『ほなら、また言うたら? 今度ははっきり』 「…はっきり?」 『さっきは、アイス買う条件みたいなもんやったろ? そうやのうて、はっきり、そういう話題で』 「………うん、うん。わかった」 『よし。ほな、またな』 「うん」 ぷつ、と電話を切って意気込んだウサギは気付かない。 何故、小石川が『アイス買う条件』までわかっていたのかを。 その頭に元気よく震える耳を、誰かが掴んだ。不意に。 「ふぇっ!?」 耳はウサギの弱点だ。触られると力が抜ける。 「…ぅ…っ」 ぴくぴく身を震わせながら、白石が涙目でそちらを見ると、入り口で自分をナンパしてきた男の一人が、耳を掴んでいる。 にやにや笑って、白石の肩に空いた手を伸ばそうとした男は、悲鳴を上げた。 白石は、耳が解放されていないのに、ぽかんとした。 ナンパ男の頭には、がぶり、と狼の牙でがっつり噛みついている千歳の姿。 「いだだだだだだだだだだだ!!!!!」 「はやくひらいひ(白石)から手ばはなふ(す)ったい…!」 頭を噛んでる所為で不明瞭な千歳の言葉を、男は賢明にも理解したらしい。 「はいっ! はいっ! はいっ!」 涙を流して頷き、白石の耳を解放する。おかげでやっと噛まれた頭を解放してもらえた男の頭には、がっつりと獣の歯形。 よたよたと逃げていく男を気遣うこともなく、白石は狼になった千歳を見上げて、赤くなっている。 「白石! 大丈夫ったい!? ごめんな俺…」 「千歳…カッコエエ……」 「え!? あ、…そ、そっか?」 照れる千歳に、何度も頷く。 そうだ。小石川も言ってたし。言ってみよう。 「な、なぁ、俺な?」 「うん?」 「千歳が、彼氏がエエ」 「……うん?」 「………………ちとせとつきあいたいねん。すきやもん……………………」 千歳の返事に、怖くなって、思わずひらがな発音になりながらそう口にする。 一瞬、尻尾と耳の引っ込んでいた千歳は、満面の笑みを浮かべると再び尻尾と耳を出し、白石をぎゅっと抱きしめた。 「俺も付き合いたか! じゃ、もう白石、俺のカノジョでよかね? そう思ってよかね?」 「うん」 「嬉しか! 大好きばい!」 「…ちとせぇ……」 千歳の尻には、全開で振られる狼の尻尾。だから、今彼は嬉しい。よかった。 千歳にぎゅうぎゅう抱きしめられて、抱きつく白石は気付かない。 千歳だって気付かない。 二人の背後、メリーゴーランドのかぼちゃ馬車の中で、優雅に足を組んでそちらを観察していた男が、満足げに頷いたのを。 「やっとくっついたか。さて、他にやることあったかな……」 メリーゴーランドに一人で乗る男、小石川。 やはり、無敵のままだった。 →NEXT |