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逢魔が時−おもかげ
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夕暮れ。
過ぎる。
時間。
走り去る。人の。
君の。
背中。
届かない声。
躙り寄る空。
暗い色。星の欠片が、如何にも非力。
「君って割と暇人」
夜中に呼び出したコール。
律儀に上った廃ビルの階段は錆びて軋んだ。
不二の手の平に掴まれた屋上の手摺りが、当たり前に冷えていそうで。鈍く月光を反射していた。
風に、なぶられる髪。月光、弾いて、一筋まで絹糸のように梳かれる。
丸い月が不二の背後にあって、笑顔のままの姿を突き放していた。
光の預かり知らぬ、向けられた顔と身体が闇に食われて、口元が辛うじて見えるだけだった。
「…呼び出した奴が」
よく言う。
そう呟きはしたが、来た時点でそんな台詞も言い訳じみたモノだと手塚自身判ってもいる。
同じ事を考えたように、不二はゆったりとまた微笑んだ。
「来た君に言われたくなんてないな」
わざと繰り返す。
そんな癖は、知っていた。
地上より、たった数十メートル空に近いだけの、吹きさらしの四角い地面。
鉄の、上ってきた階段。
流れの早い風、影しか見えない雲。
今までなら呼ばれても余程でない限り、来なかっただろう。
来たのは単に、寝付けなかったからだ。
たった一年前だ。
付き合い始めたのは。
それも酷く残酷な、“おままごと”の形で。
「飛び降りでもする気か?」
「やだよそんな無駄な事…。
…止めてくれるの?」
「無駄なんだろう?」
「…冷たいよねぇ」
なんにも、感じてないような所作で不二は笑う。
いつもだ。
「俺が優しかったら訝るだろう」
「まぁそうなんだけど。せめて一芸くらいかます気になれないの?」
たまにはさ。
サービスだと思って。
「俺は犬か」
「あはは。君みたいなの誰も飼わないよ」
笑う、不二の頬に伸ばした手。
体温は、彼の方が低くて。
離そうとした腕は、不二の両手に捕らえられた。
「離せ」
「飼ってあげよーか?」
「いらん」
「言うと思った」
「離せよ」
「いーやーでーすー!」
「不二」
「離して欲しいなら離させてみればー?」
「別れて欲しいならそうするが」
そもそも、不二はいつも笑っている。
何を言っても、何をしても。
『誰か』への当てつけ紛いに、彼の告白を受け入れた時もふざけたように笑っていた。
狡いという。それが口癖だった。
「へー、そしたら『当てつけ』はもういいわけ?」
「受験の時間を割いてまでお前の我が儘に振り回される気はない」
「僕も充分君の我が儘に付き合ったと思いますが」
「思ってるだけだ」
「酷っ」
なんにも、得てないように。
感じていないように、不二は笑っていた。
そんな所作は、当たり前すぎていて。
「手塚はさぁ…」
「何だ?」
「留学するの?」
「ああ。文句でもあるのか?」
「別に」
だからいつも、彼が何を感じているのか考えずにいた。
彼が本当に自分を好きなことを、考えずにいた。
決まって誘う度、行きたいと言う場所は似たものだった。
「な――――――――――侑士ぃ、行こうぜ、な?」
浮かれ気分で強請ってくるその顔が、その日はやけに癇に触った。
チケットを二枚、譲って貰ったらしい。成る程えらく上機嫌だ。
「タダだしさ、明日休みだろ?」
「その折角の休日をなんで劇場なんぞで潰さなあかんのや」
「俺が誘ってるから」
「一人で行け。子供のつもりかい可愛くしよって」
「いやそーゆーつもりじゃないんだけど」
「俺の目が悪いんかい」
「いや侑士、俺にのろけても」
「なんで岳人、俺がお前にのろけなあかん」
「…(だから訊かれても)」
着替えの終わった部室内で、それは暇そうにしている奴が暇げにこちらを覗き込んでくる。夕陽差す校庭。ああ早く帰らなければいけない。見たいTVがあるのに。
「跡部でも誘えな」
「『劇団四季』だと嫌がんだよあいつ」
「俺は安全圏かいな」
「意味判らんがそんな感じ」
後輩もいい迷惑だろう。
部活も終わった後先輩に揃って部室に居座られたら。
「行ったれよー忍足」
「喧しぃわ宍戸。はよ帰れ」
「そっくりお前等に返すわそれ」
「俺と岳人は一括りかい」
「一括りだろ。おい樺地追い出せ」
「ウス」
「ちょっお待て俺も先輩や!」
「つうことで明日ゆりかもめ新橋駅前に十時な」
「俺はまだYes言うとらん――――――――――!」
決まって俺ばかり誘う。
うざったいのか煩わしいのか判らない。
部活が無くても一日に一度は必ず口をきく。
合わせもしない歩調を追って並ぶ背中を、突き放した後のことを、知らなかった。
「じゃーなー侑士ー!」
「ちょお待てや――――――――――――………って、他人の話たまには訊けやコラ」
「お前も大概訊いてないと思うぞ…」
犬も三日飼えば、情が移る。
夕暮れ。
過ぎる。
時間。
走り去る。人の。
君の。
背中。
届かない声。
いなくなった影。
→1[不二周助]
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