いつも胸で死んでいく言葉





逢魔が時
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サイレン/[不二周助−悪徳なんかこわくない]
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 どうして君を好きになったのか、今となっては思い出せないで居る。
 綺麗で決して揺らがず立つ、強くて哀しい人。
 その背が自分を向く度、必要ないと言われているようだった。
 実際、僕の事など、必要がないみたいだった。





 横に並んで歩くと、首筋が髪の隙間から白く見えた。
 背の高い君の、眼鏡との間の整った双眸。眼鏡の影。
 困った時に、呆れた時に刻まれる皺。何となく、これを言ったら皺増えるんだろうな。
 そういう事が判っているのに、口にする。
 そうしてまた、増える皺を眼を細めて見て笑う。
「……お前はどうしてそう。不可解な事ばかり言うんだ」
「え? そんなつもり全く全然有りませんけど」
「ならその楽しそうな顔を何とかしろ」
「僕はいつでも楽しそうだと思うな」
「嘘を吐け」
 歩道橋前、先を歩く人の影が見える。
 登っていく足。踏みならす音。点滅する信号。車道、騒音に揺らぐ。
「普段般若……じゃない。ひょうたんだったか?」
「もしやひょっとこの事?」
「……違う気が。
 ああ、お多福だ」
「……今更だけど君の例えって時々異常におかしいよね」
 真顔で言わないで欲しいよ。
「で、お多福がなに?」
「だから、普段お多福の仮面でも付けたような顔しているだろうが」
「せめて能面とでも言って欲しいな」
 時折時間があうと一緒に帰る。
 決まっただけの石畳の路。
 灰色の空。ネオンが見窄らしく浸食した空の輝き。
 ひどく澄んで凍えた大気。身を竦ませる。
「寒いのか?」
「今日は暑いと思ったから薄着して来ちゃったんだよ」
 つんと答えると、薄くだけ笑うその表情。
 馬鹿みたいに目を奪われる。狡いなぁなんて呟き。
 君は気付かない振りで。
「夏風邪は馬鹿が引くらしいな」
 なんて言ってくる。
 ああ本当狡い。
 なんて割に合わない恋。
「一年」
 ぴっと指を顔に突きつけて言うと、微かに目を見開いて“何が?”と問い掛ける。
「僕と手塚。付き合って一年。正確には一週間先」
「ああ…」
「その顔は覚えていないね?」
「いや。
 二年の、先輩達が引退した翌日に言われたから流石に」
「そうじゃなけりゃ覚えてないって言うんかいこの冷血漢」
「その冷血漢と一年間保った奴が言う台詞か」
 こんと頭を小突かれる。ああ、だから狡い。
 僕はこのまま一生、君に勝てやしない。
「…断らなかったじゃない」
「まぁな」
「狡い」
「お前はいつもそれだな」
「狡い手塚」
(僕を受け入れた理由も、僕が知ってる事判ってて笑う。
 狡い)
 この人は、僕が別れられない事を知っている。
「……――――――――――――――――…酷い」
 思わず呟く。
 足は自然止まる。
 そのまま置いていくと思ったのに、踵を返した彼の手に引き寄せられて。
 額にキスをくれた。
「泣き出しそうな、顔をするのも『狡い』と思うがな」
 行くぞ、と促した癖振り返らずに歩き出すその背中。
 相変わらず僕を突き放し、要らないと言う。
 意味もなく、キスをくれる。不意打ち。
 なんて酷い。なんて惨め。
 好きで好きで堪らずに、僕はまたその背中を、承知で追う。

(僕の事なんか、好きじゃない癖に)

 いつも、言わずに喉の奥で死んでいく言葉があった。




「好きだよ」


 そう言えたのは、何時だったか。




「……………………………」
 書店での、えらく奇妙な沈黙は何だろう。
 ようやく漆黒に落ち着いた空。
 明々と照らした店内の照明が眼に痛い。
 片や店内に入ろうとした身で、片や店内を後にしようとしていた時で。
 自動ドアが無駄に開かれたままでいる。
 鉢合わせになった視界と視線。
「……って、もっと普通のリアクションしてもいいんじゃない僕達?」
「……なに顔見つめあってんのやろなぁ」
 対戦した事のある学校の、知っている顔。
 とはいえ、お互いにわざわざ律儀に沈黙する必要なんて何処にもないのが判るので、かなり馬鹿らしい思いで居たりする。

「――――――――――――――――で、参考書探ししてたのか君は」
「ま、必要ないっつったらないんやけど」
 自動ドアの前で話し合うにはあまりにも周りの迷惑で、何となく不二に付き合って店内にバックしてしまった忍足が、意味もなく週刊誌を手に取ってみる。
「じゃあ買わなくてもいいでしょ? 高い物」
 頭はよさそうなのにさ。
 本を選ぶ自身の手元から目を離さず、付け足す不二の言葉を耳に忍足は取った週刊誌を読まずにまた戻す。
「成績はええよ。赤点は一個もあらへんし」
「じゃ、余程レベルの高いとこ受けんの?」
「氷帝学園はレベル高いやろ」
「そのまま上あがるならあんまり必要ないんじゃ…」
 話ながら、見付けた本を拾い上げる。
 勉強には一切関係のない、分厚い新書。
「僕だって青学そのまま上がりだけどさ。推薦取れるだろうから楽だよ?」
「あぁ…そういや推薦確実とか原がいっとったような…」
「原?」
「担任」
「じゃ意味ないんじゃ」
「せやけど社会馬鹿なんに教えてやらんとあかんから必要なんよ」
「社会馬鹿?」
「社会以外赤点無しの奴や」
「ああ…」
 頼まれたのかとどのつまり。
 そう言ったら頼まれてはいないと答えられた。
 意味が判らない。
 そもそも彼の性格なんぞ不二には判らないのだが。
「…もしかして、その人に落ちて欲しくないわけか」
「……………」
「…忍足?」
「……なんで結論そうなるん?」
「え、違うの?」
「ちゃうやろ。あいつが受かったかて俺に利益ないわ」
「一緒にいたいとか、じゃないの?」
 言ったら、彼は何だか腑に落ちない顔をしていた。
 手塚も、彼ほど分かり易いならいいのにと思った。
「……何買ったん?」
「え? あ。
 コレ」
 それは赤い赤い表紙だった。
 決して有り得ない夕焼けの様だった。
「…『逢魔が時』?」
「マイナーだけどその道の人には人気あるよ?」
「その道やないからわからん。なんで二つなん」
「頼まれたの、一つは」
「へぇ」
 気の入らない様子で相づちが返る。
 空には、もう黄昏の色はない。
「じゃ、僕そろそろ帰るから。変質者にならないよう気を付けてね」
「どんな挨拶や…」
 面白いよ、ではなく、君好きじゃないこういう類、とこの本を教えてくれたのは乾だ。
 もう一冊、頼んだのも。
 自分で買えばいいのに。


 夕焼けに、良い思い出はあまりない。


 彼に告白したときも、空は恐ろしく赤かったからだ。










→2[忍足侑士]

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