好きです





逢魔が時
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サイレン/[切原赤也−ふたたびの黒髪]
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 俺の初恋は女装した男だった。
 あろうことか男。
 身長は180近くあったが、いかんせんそれは舞台で役を演じていた相手だったためそこまで高いとは思わなかったのだ。
 当時、中学一年生。
 入学の年。
 俺は舞台で姫を演じる男に恋をした。





 ―――――――――一年前。
 桜散りきる、入学式。
 新入生として立海大附属の門をくぐった切原赤也は、式の後、自主的に任意参加の部活紹介に顔を出した。
 入った時、丁度部活紹介の劇の途中で(何故部活紹介で劇?とは思った)なんの部活の紹介かはわからなかった。
(おお、古代の姫と傭兵の物語か)
「ああ、ユーリウス様。どうか私をめとると言ってください…」
 長い黒髪、整った顔に遠くからでもわかる綺麗な肢体。綺麗な面影。
(……すっげ…美人)
 俺は、あれが恋に落ちるというものならいいと思った。
 劇終了後、俺は待ってその劇の部活に顔を出した。
「ああ…見学者か?」
 姫が、そこにいた。
(……ん? なんか、すっげぇでかいぞ…?)
 思えば、声が低音であることに違和感を感じるべきだった。
「……全く、何故劇なのだ」
 皺を眉間に刻んだ強面の男が着替えながら呟く。
「いいじゃない真田。前年度の功績で入部してくれる子多いよ」
 優しい声でそれを諭したのは姫の姉役を演じていたヒトだ。
「で、新入部員希望者かな? そこの子は蓮二?」
「じゃないか?」
「へえ、うれしいな。キミ、名前は?」
 ドレス姿のその優しい顔のヒトが問うたので背筋を伸ばして答える。
「一年二組切原赤也っす!」
「よろしく、俺は幸村精市。新部長だよ」
 こっちが真田弦一郎。
「……」
「どうしたの?」
「……真田…さんに…幸村さんって…………テニス?」
「あ、知らないで来たの?」
「はい…劇始まった後に……」
「そっか。でも知ってるってことはテニス、やってるのかな」
「はい、テニス部に入部したくてこの学校に来たんで」
「へえ、うれしいな。よろしく、切原くん」
「……あの」
 横目でその姫を見上げる。
 まさか。
「……それにしても、姫ならもっと精市の方が相応しかろう?
 何故俺が」
「蓮二、化粧するとすごい綺麗だもん。蓮二って男子からのファンクラブあるんだよー?」
「いらん。キモイ」
 ばっさり一刀両断。
「……やっぱり、男でしたか」
 そんな俺の呟きは、三人の先輩には聞こえない。
 俺の初恋は男だった。
 そしてその時、確かに一度、砕け散った筈の恋だった。
 それなのに。


 何故俺は、今もあんたが好きなんだろう。





 一回、二回。
 学校帰りの信号の前で、リズムを数えて待つ。
 一回、二回。
 この、信号が四回変わったら。
「あれ、赤也じゃない」
 遠くから、聞き慣れた声がした。
 やっぱり。
 部室を出た後、ここの信号が四回変わるのを待つと、ぴったりにこの三人はやってくる。
「あ、部長ー副部長に柳さん。どもっす。さっき部室で別れたばっかなのに」
 とはそんな俺のデータ(柳さんみたいだ)を知らない先輩たちにだから言えること。
「もうすぐキミが部長なのに、いつまで部長って呼ぶつもり?」
「いいじゃないっすか。しばーらく部長は部長です」
「赤也、言語理解能力は足りているか?」
「柳さんひでぇ!」
 叫ぶと、笑う。
 ああ、やっぱり綺麗だ。この人。
 俺、知ってる。
 この人が綺麗なのは、幸村部長と真田副部長が好きだから。
 この人は、ラブで真田副部長が好きだって言ったけど、でもこの人は幸村部長も好きだ。
 相当、好きだ。
 それがライクでも、好きだ。
 だから、……俺は、好きなんだ。
 好きな人だから、好きな二人だから、笑っていて欲しいと。
 自分の軋む心を無視するこの人は、痛くて綺麗。
「柳さぁん。追試パスしたっすよ」
「してもらわなければ困る。俺が教えた甲斐がない」
「ちょっとは褒めてくださいよ」
「馬鹿者。赤点を取るヤツを何故褒めるか」
「ちえ」
 ぶっきらぼうに言いながら歩く。
 こういうとき、俺に歩調を合わせる自然な長い足が、好き。
「……赤也、で点数は?」
「……五十」
「まあまあ及第点だ。…頑張ったな」
「へへっ」
 こうやって、褒めるとこは褒めてくれる、柔らかい声が好き。
「追試は二十点引かれるから、赤也は七十点取ったことになるんだね。
 うん、確かに頑張った」
「でしょ? 部長」
「うん、おバカなりによく頑張った赤也」
「うわあ部長それゼンッゼン褒めてない」
「止めなさい、精市」
 そうやって、優しく部長の頭を撫でて諭す指の長い手が好き。
「頑張ったのだから。今日ぐらいはやめなさい」
「はぁい」
 いざとなったら、部長だって柳さんの言うこと聞く。
 そんな、信頼を抱えた背中が好き。
 好きばかり、増える。
 増えて困る。
 玉砕覚悟だって笑ってよ。
 ねえ。
「部長ー」
 息を吐いて、
「なに?」
「俺、柳さんにフラレたんすよねぇ」
「赤也?」
 柳は特に驚く風でなく、ただきょとんと名を呼ぶ。
 そんな冷めたとこも好き。
「うわ、赤也趣味良過ぎ。高望み過ぎだよ。無理」
「ひどいっすー。傷心なんすよ。慰めてくださいよ」
「無理」
「ひっで」
 わかってる。
 これは、子供の我が儘。
 大好きな人を独占する、先輩二人への八つ当たり。
 好き。
 笑ってよ。
 玉砕したって、笑ってよ。
 いつか思い出になるよって笑ってよ。
 バカだなって笑ってよ。いつもみたいに笑ってよ。バカって呼んでよ。
 俺、ほんとにバカなんだ。
 それでもこの人が好き。
 世界で一人になっても、この人が好き。
 ……笑ってよ。
 俯くように跳ねた。
 自分を見る彼と目があった。
 笑う顔に、高くなる鼓動。
 どうすればいい?
 あんたの一挙一動に喜んで、落ち込んで。
 …好き。
 こんなにも好き。
 ねえ、こっち見てよ。
 笑ってよ。
 俺がイザナギなら、顔を見たって逃げないから。
 笑ってよ。
 あんたが死んだら、黄泉の国まで迎えに行ってあげる。
 だから、笑って。





 おれを、えらんで。






 好き。





 それがどんな形でも、ラブはラブなんだから。
 好きで、好きで仕方ない思いは、代わりにならない。
 好きなら、俺は最後まで思うから。
 あの人を思う一万分の一でいい。
 俺を、好きになって。
 どうか、一回だけ、
 俺のために笑って。








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