「みんな受験勉強って言っててつまんないっすわ」
今回の発端は、受験とまだ無関係の財前。
思い立ったら決行が普通のこのメンバー。
親のいない千歳のアパートに旧レギュラー面子が上がり込んで、最初はウノにポーカーにいろいろやっていたが、夜も遅くなってくると流れは自然、「酒盛りするか」になった。
今はまだ余裕のある時期。しかし、受験本番シーズンとなれば、いくら楽勝の学校が目標でも危ないヤツは数人いるわけで。
今日を逃したら次は高校になってからかも、という思考はあっさり酒盛りに繋がった。
あと、今まで部活もあり、出場停止に関わる飲酒は避けていたため、千歳を混ぜての酒盛りというのはなかったので。
「はい、白石ブーッ」
「あ、今の卑怯やろ! なにお前しっかり鬼太郎ネタ心得てんねん」
夜の十二時を回った頃、幾分酔った思考で連想ゲームをやって詰まったヤツが罰ゲーム、という状況。
罰ゲーム内容は、詰まらせた前の順番のヤツがお好みに割った水割り焼酎を一気のみ。
白石の前は千歳だった。
「まあまあ、ぐいっといけばよか」
「どんくらいの割合やねんこれ…」
思わず胡散臭そうに白石は千歳の割った水割りを受け取り、少し匂いを嗅いだあと、意を決して口を付けた。
瞬間、「げ」と言いたげな目を白石はした。が、そこはお笑いも空気も心得る大坂人、そのまま堪えて一気に飲み干した。
周囲から拍手が起こる中、コップをだん、とテーブルに置いた白石はなにか言いたげに千歳を睨んだが、言葉にならずにふらりとたたらを踏んで壁にぶつかった。
「白石っ!?」
声を上げたのは小石川で、咄嗟に受け止めたのは近場の千歳。
床に座り込んだ白石の、トレーナーから覗く首筋や耳は明らかに赤い。
「今んで酔いつぶれたか…」
千歳の呟きに、謙也たちが「マジか!」と騒いだ。
前に白石の酒の強さは訊いていた。なんでも、このメンバーの中では一番、らしい。
その中に千歳は含まれていないが。
「白石ー? おい、大丈夫か? ベッド行くか?」
小石川が覗き込んで、白石の意識がはっきりしているかに関わらず問いかける。
その顔をじーっと焦点の定まらない目で見て、白石は不意に両手を伸ばした。小石川に向かって。
「…へ?」
何故俺に?という顔をした小石川だが、すぐ顔を手で挟まれ引っ張られて、間近に近づいた白石の整った顔にどきりとした。
いくらノーマルを自負しようが、この近距離で綺麗と評判の白石のアップはまずい。
かつ今の白石は目はとろんとしているし、ぼーっとした表情はあどけなくて、色々やばい。
「白石!?」
千歳に殺される!と慌てた小石川の声を漸く認識したのか、白石は唐突にへらっと笑った。
「……しらいし?」
「…ん―――――――――――――……? なんですかぁ…?」
小石川から手を放したはいいが、白石はいつもが嘘のようにへらへら笑って機嫌のいい声でそう言った。
「……笑い上戸か、こいつは」
「つか、今のなんですか?」
「え?」
財前のツッコミに三年生一同「は?」となる。遠山はここにはいない。唯一の後輩を見遣る先輩たちに、財前は「やから」と言い直した。
「白石先輩、なんで敬語使たんです? 小石川先輩に」
「…あ、せやなぁ……白石ー? 誰かと勘違いしてへん?」
「してませんー…」
「してるがな…」
一氏がぽつりと突っ込む。
「なあ、白石、俺わかる?」
自分を指さして小石川が訊いた。取り敢えず白石が相手を認識した上で敬語を使っているのか、認識相手を間違えて認識した結果敬語なのかわからないと困る。なんとなく。
前者なら、白石は酔わせると面白い、というだけだが。
「わかりますよぉー?」
「だれ?」
「えぇ? 先輩自分の名前忘れたんですかー?」
けたけたと笑った白石は可愛いが、反則に可愛いが、今の聞き捨てならない一言はなんだ?
「「「「「先輩????」」」」」
今、白石は小石川を先輩、と呼んだ。間違いない。全員が訊いた。
一番白石から遠い石田に視線で伺うと、彼も頷いた。
「白石? 俺、先輩やないで?」
「えー? 先輩は先輩ですよぉー?
やって、あ、いつもの『頼れ』の延長でしょー?
実は同級生や!って嘘吐けば俺が頼ると思てはるんでしょー!」
「…いや、うん。ちゃうわな。多分、去年の先輩らは本気でそう思ったやろうけど」
若干押されて呟いた小石川を余所に、千歳が予想以上に壊れた恋人を流石に心配そうに見遣る。
「あれ?」
白石がその時、突然千歳に視線を向けた。
流石に恋人はわかるのか、と安堵した千歳達を笑うように白石は言った。
「行平先輩、いつの間にそない身長伸びたんですか?」
全員、見事にこけた。恋人もわからないレベルらしい。
財前もこけたのは、先輩に付き合ったのか、あるいは本気なのかわからない。
「ど、どないなっとんねん?」
「知るか! つか、こうなった白石は誰もしらんし……あ!」
「小石川?」
ぽん、と手を打った小石川がいきなりジャケットも羽織らず玄関に向かった。
「どないしたん?」
「わかりそうな人をすぐ呼べるわ。ほら、美鳥先輩、ここの隣のアパートに一人暮らしやん」
「ああ!」
「…みどり?」
「去年の副部長」
一人わからない千歳に一氏が教えた。
ものの五分で戻ってきた小石川の後ろから入ってきた青年は、何故か持参した焼きそばをすすりながらだった。
「…美鳥先輩、おなかすいてはります?」
「うん、すごい減っとる。気にせんで」
ずるずると焼きそばを箸でラーメンのようにすすりながら、美鳥は白石を見て「見事に酔いつぶれたなー」と言った。暢気だ。
「こないなった白石ちゃんってお前らは初めて?」
「「「はい」」」
「白石ちゃーん、焼きそば食う?」
「食べます」
訊いておいてマイペースに白石に空腹を訊いた美鳥に全員がおいおいおいとなる。
箸で差し出された焼きそばにはくっ、と素直に食いついた白石はすぐ引き離された。
勢いで口から焼きそばが一本垂れる。
「…あ、ごめん」
千歳が抱きかかえて引っ張ったのだ。美鳥は理解したように謝って、ティッシュを取った。
「取り敢えず白石ちゃん、口汚れたからね」
「先輩ー、高校どうですかー?」
「うん、普通。普通。はいとれた」
どうやら時間経過は白石の中でも正常らしい。
「そろそろ説明頼めます?」
謙也に言われて、美鳥は立ち上がると焼きそばをテーブルに置いて座った。「うん」と。
「あんな、俺らが…元三年が昔っから白石ちゃんを構い倒してたんは知っとるやんな?」
「はい。白石を甘えさせるためですよね?」
「そう」
そういう名目で、在部中三年は当時二年部長だった白石一人を構い倒した。
なにしろ責任感と使命感の強い白石は、そうでもしないと他人を頼らない。
強いからとはいえ、一番頼りになるからとはいえ、二年からの部長職。最高学年が上にいる状態でのそれはきついのではないかと、元三年部員は白石に軋轢を感じさせてなるものかと必死だった。
「酒盛りもなー、白石ちゃん一人誘うんは割とあったし…。
せやからな、俺ら、こう思ってたん。
『白石ちゃんってお酒弱いなぁ…』て」
「いやいやいやいや部長みたいなざるに向かって弱いはないでしょ」
「ですよ」
「うん、そうなんや。
せやけどな、よく訊いてな?
俺らで飲むと、一時間ちょいで最初に酔いつぶれるの絶対、白石ちゃんなんや。
絶対。
その後何時間飲んでも俺らは誰も潰れないわけ。
せやから、俺らは白石ちゃんが弱いて思てたんやけど……。
高校入ってから、白石ちゃんが弱いんやのうて、俺ら面子がただの酒馬鹿っつか、酒の化身なノリで酔わない面子ってことが判明したわけや」
つまり、元三年の先輩らは、全員酔わない化け物ということですね……?
という千歳以外の視線を美鳥は、「うん」と頷いて受け止めた。
「せやから、白石ちゃんの中である常識が成り立ってんちゃうん?
自分が酔いつぶれた時、素面でおるんは俺ら『先輩』以外おらん、……て」
せやからお前ら相手でも、酔ってないから全員手当たり次第「先輩」。
その説明に全員が、「ああ!」と納得したあと、千歳が、「つまり結局あんたらの所為、と…」と恨みがましく突っ込んだ。
「ごめんな千歳くん。まさかこない副産物があるとは…」
「あれ、美鳥先輩? 先輩、千歳のことわかるんですか?」
確か、顔出しに来たりした先輩もいたが、その時に限って千歳がいなかったり美鳥は来なかったりしていたはずだが。
「ううんー。この間見たんよー、白石ちゃんと」
「……なにを?」
「白石ちゃんに苛められて扉の前でぼーぜんとしとる千歳くん。
ほら、白石ちゃんが吐いたっていう『ドイツ行く』って嘘」
俺、そん時白石ちゃんに駆け込み寺にされたからー。と語る美鳥の肩をぽん、と千歳が叩く。
「あんたもグルやったとですか…?」
「グルってか、…巻き込まれた、が正確?」
真っ向からでかい千歳に睨まれてもそう首を傾げられる美鳥を、内心にとどまらず謙也と財前がすごいと褒め称えた。
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