やり直しの日々が始まって、一週間が経った。
ふらふらと千歳が向かったのは、村一つの図書館。
木製の古びた扉を押し開けると、丁度なにかを借り出すところだった財前に出くわした。
「あ」
カウンターの役員から図書カードを受け取った彼の視線は、いつも通り無感情で無愛想。
「…光も、なんか借りに?」
けれど、奥がいつも暖かいと気付いて、千歳はほほえみかけた。
財前は逆に後ろめたいように、首を縮こまらせた。
「あんたが図書館やなんて、似合わないですよ」
「知っとうよ。キャラってもんがあるばい。光もそげなキャラじゃなかね」
「謙也くんは」
「お前の二乗倍」
即答した千歳に、財前が小さく吹き出した。
背中合わせに背もたれのない椅子に座って、手元に開いた本を千歳は閉じた。
はずれだ。
「なに探してんですか?」
「…まぁ、予想はしとったばってん」
「?」
不意に立ち上がった千歳を財前が見上げたタイミングで、ここにいる財前を迎えに来たらしい謙也が顔を見せて千歳と図書館という取り合わせに驚く。
「『オヤシロ様』の文献はなかね」
二人とも、小さく息を呑んだ。
「腹のさぐり合いしとっても、意味なか」
持っていた、はずれの本を椅子に置いて、千歳は財前と謙也に向き直った。
「……ちゃんと、話さなか?」
二人が、互いを見た。
「…ホンマに、帰ってきはったんですね」
財前の言葉に、まあなと頷いた。
「光は? 俺が見た世界……の光は、あれは…」
世界、と言ってしまっていいのか、と口元を触れた千歳に謙也がいいんだ、と、図書館の奥の勉強室の机を柔らかく叩いた。
「それは知らないです。ただ、俺もあんたがいる世界は一回見とるから…」
謙也くんはともかく、と財前が濁した。
「謙也?」
「俺は…あー……特殊っちゅーか……」
謙也は気にするなとからから笑って話してくれなかった。
「蔵は…」
「あの人も、多分…同じ世界知ってんやないんかと…。
俺に話してくれた世界の内容とほぼ一致しますもん。千歳さんの話」
「これが…『オヤシロさまの祟り』…ばいね?
その世界で、光たちが俺にああしたんは…、」
一度つばを飲み込む。あの世界を財前は知らないのだろう。けれど、
「……俺が、思っとう通りでよかの?」
やっぱり、怖くて、顔を見れなくて俯いた。
「…千歳さんが『思ってる』内容によるんですけど」
財前の冷静な声。それはそうだ。
でも、もし否定されたら怖い。
―――――――――――――ごめん。
脳裏を過ぎったのは、自分の謝る声。
あの世界で、こちらの最初で、何度も繰り返した。
何度も謝った。
財前に、自分に、白石に、あるいはなにかに。
守られた。
気付かず、傷付けたのは俺の方だと、謝った。
あの時の、謝りたくて、許されたくてしかたない気持ちを、嘘にしたらダメだ。
思ったんだ。
俺は、彼らを信じたい。
(…信じよう)
「……光たちが、俺に…おはぎに針とか…、怖かこつしたんは……、俺に、『オヤシロさまの祟り』を内緒にしたんは……」
そこで俯いていた顔を上げると、財前も謙也も静かにこちらを見ていた。
「…俺を、怖がらせんため……って思ってよかの?
俺を……俺が知って……巻き込まれんため…って」
信じたい。
あの異常さすら、幻でも、殺意でもなく。
絆だと。
財前が自分の頭を軽く掻いて、少しくすぐったいような笑みで謙也を見上げる。
謙也が肩をすくめて、やはりはにかむように笑った。
「そこの世界は知りません。
…せやけど、…はい。
俺や蔵ノ介くんやったら、あんたを巻き込まんようなんでもする。
今でも、間に合うならなんでもする」
「お前が見た世界の異常は、『お前を守った』結果やて、断言してええで」
「……っ―――――――――――――」
「…お帰り、千歳」
瞳から、頬を流れる涙に声を堪えて泣く千歳の頭を、謙也の手がそっと撫でた。
信じたくて、許されたくて。
想われているという思いに、支えられたくて。
ああ、間違ってなかった。
仲間はずれなんかじゃなかった。
「………っ…ごめん……」
多分、きっと白石の自分への気持ちも、幻じゃない。
与えられた時間を、信じて、きっといいんだ。
「ありがとう…」
強がって、折れない意固地さ。
照れ隠しに、ぶっきらぼうな言葉。
嬉しそうに、笑う可愛い顔。
傷ついて、震えて脅える瞳。
何一つ、嘘じゃない。
もう一度、手を伸ばして伝えよう。
戻ってすぐ、偽ってしまったお前への気持ちを。
セフレとか、嘘だ。
好きだ。
だから、追ってきたんだ。
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