綿流しのお祭りの日、それぞれ部活に興じる仲間を見遣りながら、千歳は見覚えのある露店に足を止めた。
ここでは、まだ白石はこれが欲しいという態度は見せていない。
「すんません。一回」
「はいよ」
お金を払って、渡されたコルク銃を受け取る。
数度“わざと”失敗していると、背後で靴音がした。
「あ、取りたいんや? ぶっさいくなぬいぐるみやけど」
全く同じ台詞。
千歳は不自然に見えないよう振り返ってから、小石川に微笑んだ。
「ええ、ばってんコツんわかりましたから」
「そうなん?」
「この銃、狙った場所より左にそれとるみたいで」
「ああ、俺もそう思ってた」
もう一度出店の景品に向き直って撃つと、一回で落ちた。
「おー、うまい」
「どうも」
「あ、で、キミ、ここの子?
言葉ちゃうかな?」
「はい、最近来たばっかなんでわからんことばっかです」
「…もしかして、綿流しのお祭りに来るのも初めて?」
これは声をかける相手を間違ったかな、という態度がバレるような言葉に千歳は笑った。
「いえ、
そう答えると、小石川が異常に食いついてきた。
「あ、ほな…!」
「ばってん、俺はやっぱり詳しくしらんとですよ。
「……あ、そうなん…」
「はい。じゃ、失礼します」
足早にいなくなった千歳を見送ってから、小石川ははて?と首を傾げる。
「俺、あの子に
「千歳」
「あ、謙也。仕事終わったと?」
「まあな」
とった、とぬいぐるみを見せると、可愛くないっと笑われた。
「…千歳」
「ん?」
「もう絶望する気はないんや?」
場の空気が変わったと錯覚するような声。
「…千歳?」
すぐ普通のよく知る笑顔で見上げられて、首を傾げて見せた。
ないと言えばない。
けれど、もう一度同じ繰り返しになったら、諦めるかと言われたら違うのだ。
そもそも、その法則すらわかっていないが。
「…あー、やっぱり聞けへんかったな…」
カメラの残量を確認して、祭りの人混みから遠ざかりかけた小石川の背後で靴音がした。
振り返ると、綺麗な顔の少年が立っている。
「なんか訊きたいことがあるなら、話しますよ」
「え? ホンマ? ここの子?」
「はい」
笑った少年に、内心ガッツポーズをして身を乗り出した瞬間、背後から伸びた手がその少年のどちらかといえば細い身体をさらった。
「すいません。こん子、俺が先約なんで」
「……え、あ…さっきのキミ」
「すいません。他ん人ばあたってください」
にこり、と笑った千歳に引っ張られて、白石は茫然とその背中を見上げる。
小石川が見えなくなって、祭りのお囃子からも遠くなった暗闇。
下駄の音に邪魔されないよう「なんのつもりや」と問いかけた。
「なんのつもりもなかばってん…」
「嘘つくなや」
「…あん人が訊きたがってたこつ」
千歳がぴたりと足を止めた。
「『オヤシロ様の祟り』―――――――――――――「一人死んで、一人消える」。
最初は、四年前のダム工事現場の監督」
振り返った千歳の顔に、背筋になにか走った気がした。
肌が、祭りの場所でかいた汗でじっとりと暑い。
「……は?」
思わず掠れた笑いが零れた。
「蔵が、しようとしたこつ……、ばい?」
「な、なに、言うて…てか、お前がなんでオヤシロ様の祟りを知ってんねん?」
「…遭っとうから」
「…は? お前、ホンマなに言って…」
「蔵、…あの人、殺したらいけんよ」
その言葉に胸のざわめきが更に五月蠅くなって、思わず掴まれていた手をふりほどいた。
すぐ間髪入れずにもう一度掴まれる。
「これ、」
それから、そっと渡された、傍目には不細工なぬいぐるみ。
「今の蔵が知っとうか、しらんかしらんばってん…欲しかろ?
あげる」
「…―――――――――――――っ!」
「俺は一回、綿流しを見た。…やり直しやっとう。
お前は、前の世界の記憶ばあっとか? なかとか?」
「っ」
渾身の力で手をふりほどいて、胸を思い切り突き飛ばした。
軽くよろけた千歳に、力一杯叫んだ。
「うるさい!
うるさいお前!! どうしようと勝手やろ!?
余所もんがぎゃーぎゃーうるさいねん!
それとも今年死ぬのはお前がええか!?」
凄まじさすら感じる形相で怒鳴る彼を見ると、やはり怖い。
けれど、怖いで終わらせたら、また同じ。
「…怖くなかよ。…怖くなかって言ったら嘘ばってん、…一回それ以上ば見た。
…それくらいで、もう脅えたりせんよ」
「…っうるさい!」
「ここはどげんなっとや? あれは俺の夢?
ばってん、今ん蔵の様子じゃ、…ほんなこて、違う世界をみんなやり直しとうとしか思えなか。
…蔵は、そのぬいぐるみ、見たこつあっとだろ」
「うるさい!!!」
叫んでぬいぐるみを投げた白石の駆け出した背中に、強く名を呼んでぶつけた。
「蔵、…お前の知っとう世界にいる俺は、もしかしたら今の俺が初めてかもしれん。
今回の俺しかお前はしらんかもしれん。
…ばってん、俺は蔵ば、―――――――――――――愛しとうよ」
一瞬だけ立ち止まった背中は、すぐ見えなくなった。
「いや、ホンマさっきはもうアカンかと思ったわ」
林の傍を歩く小石川の声も、どこか虚ろに脳に届いた。
「いえ、そんな」
「で、そのオヤシロ様の祟りの話が…」
背中を警戒なく向ける小石川の首に、鉈を振り下ろすように狙って振り上げた。
なのに、脳裏を走るのは、
俺は、
蔵ば、
愛しとうよ。
「……」
「…で、…あの?」
黙り込んだ白石をいぶかしがって小石川が振り返る。
視界を覆うものに、一瞬理解すら届かない顔をしたが、すぐわかった顔で悲鳴を上げた。
「うわぁっ…!?」
「…あ」
しまった、と思って呟いた時には突き飛ばされて、鉈が地面に転がる。
もう走り去った小石川は見えない。
「…殺す、筈やったんに」
俺は、間違ってない。
間違ってない! なのに、なんで、
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