「ああ、おはようございます」
登校した白石を、迎えた財前が普段通り笑った。
「…おはよ」
ぽつり、そう返した白石をいぶかしそうに財前が見た。
教室にいるのは、千歳と財前だけだが千歳は机に突っ伏して寝ている。
あの日と同じ?
千歳が、盗み聞きした時。
「……なんでなん?」
唐突に訊いた白石に、財前は「はい?」と意味がわからなそうにした。
「誤魔化さんで。
なんで、財前の家が隠しとる筈のカメラマンの死がみんなにバレとるん?
千歳が知ってん?
……俺、ホンマにちゃんと帰って来てん?
…千歳はなんなん?」
財前の家が隠してる筈の、あの男の死が、しかも「殺された」というところまでバレている?
そもそも、俺が殺していないのに、何故。
「……村の人は知りませんよ?」
「……は?」
「千歳さんは知っとりますけど」
「意味わかるように言えや…」
苛立った白石に、財前は首を傾げた。
「俺には、蔵ノ介くんがそない焦る理由がわかりません。
今回は俺でも、蔵ノ介くんでも、千歳さんの順番でもないんやからええやないですか」
「それが…」
誤魔化してる、と言おうとして、ハッとした。
「……そうか?」
くつくつと、唐突に笑い出した白石に財前があからさまにいぶかしがった。
「…なんやおかしい思たわ。
お前、知ってんねんな? 千歳が「帰ってきた」こと」
「…それは」
「で、みんな揃って俺に嘘吐いたんやろ?
俺が隠し事される番か。
針いれてへんとか、千歳のこととか嘘吐いて、俺、なに隠されてん?
お前も疑ってんちゃうやろな? あの人殺したん…」
早口で言い募る白石を遮って、財前が自分の指を自分の唇に当てた。
「あの、あんたの言うことを俺達が結託しとるとか撤回したいことようさんあるんですけど、…ひとまず、『あの人殺した』ってなんです?」
「……」
「『カメラマン』?」
白石が茫然と、自分の口に手を当てた。
「―――――――――――――…っ」
「蔵ノ介くん」
あれ?
俺はなにを思った?
俺があの人を殺そうとしたってみんな知ってるんだなんて誤解。
そうや。
千歳や。
あいつが、「殺したらいけん」って言うから、知ってるって思った。
「……」
取り返せない言葉に、白石が後ずさる。
なんで、そんな目で見るんだ。
お前だって、千歳に訊いて疑ってるんじゃないのか。
俺が殺したんじゃないかって。
なんで。
「蔵ノ介くん」
近寄って手を伸ばしかけた財前の手を、背後から伸びた手が掴んだ。
千歳だ。
「もうよかよ」
「………、はい」
一瞬の視線で、おとなしく従った財前を白石が茫然と見た。
「……は…」
「蔵?」
「…は……っ。
なんやお前。いつの間に財前まで懐柔してんねん…。
みんなして、俺に嘘吐くんは、お前の所為か…千歳?」
「…蔵? なに、言うとーと?」
「疑ってんやろ? みんなが疑ってんやろ?
俺が殺したて!
お前の所為やろ!?
お前が言うたんやろが!」
「…蔵、…蔵、落ち着いて」
「お前が…っ」
なお言い募る白石の身体が唐突に抱きしめられた。千歳の腕の中に閉じこめられる。
抵抗を示し、叫びかける身体を容易く封じて、唇を塞いだ。
必死に押し返そうと足掻く手すら、簡単に掴まれ片手で押さえられる。
口内を蹂躙するようなキスに、言葉すらぼやけてしまう。
白石の瞳から先ほどまでの焦燥が消えたと判断して、千歳が抱きしめたまま、唇だけを解放した。
「蔵、落ち着いたと?」
「………、んでや」
「蔵」
「……なんで、みんな知ってん。
お前が知ってん?」
「…俺は、一言も蔵が『小石川さんを殺そうとしとう』とも、『殺した』とも言うてなかよ?」
「嘘や!
やったら、なんで祭りの日にあんな言い方…!」
「俺は、一回、前の世界を見とうよ?
そこで、蔵が鉈を持っとうこつは知っとうし。
…、本気で疑ってなか。
ただ、あの日の蔵は『そういう目的』であの人に声かけた気がした。
…前ん世界で訊いただけばい。
死因、使われた凶器は鉈、て」
「……それは、そう言うてんちゃうんか」
「…あん日、俺の言葉訊いてなお、…」
千歳がそっと解放した手を、とって手首に口付けた。
「蔵が、人ば殺せるとは思ってなかよ」
抱きしめる手は放さないまま。
「蔵んこつは、愛しとうし、信じとう」
「……嘘や」
「蔵」
「嘘や!
お前が正しいわけない。お前がホンマを言う筈ない。
みんなして嘘吐くんや!
俺は間違ってない!」
「…なら、あん人を殺したんは、ほんに蔵?」
―――――――――――――「違う」
そう言いたかった。
なのに、真っ直ぐ見下ろす千歳の瞳。
背後から伺う財前の目。
気付いて、笑みが喉から零れた。
「…嘘」
「…蔵?」
「みんな、最初から俺を疑ってんやんか」
「蔵、そげなこつなかよ。俺も光も」
「離せ! 俺は、俺は間違ってない!」
思い切り白石に踏まれた足に、思わず手が緩んだ。
隙に逃げ出した白石が財前に扉を塞がれることを恐れて窓から外に駆け出した。
「…今の、ホンマに蔵ノ介くんやないですよね?」
「違か。俺には、そう見えん。
…ばってん、今ん蔵は」
「?」
前の自分だ。
周囲を疑って仕方なかった、前の世界の自分だ。
なにが狂っている?
みんなあの人の死を知ってる。
財前家?
財前が千歳に味方するのも?
ほな、財前は、
謙也は―――――――――――――、
手を置いた資料の山が崩れて、ある一冊のレポート用紙が見えた。
「…」
慣れ親しんだ学校の教材室。手に取ると、そこには「オヤシロさまの祟り」とある。
めくったページの中にある、ある虫の記述。
「宇宙人」。
虫、寄生虫。
それをバラまいて、祟りを産みだして、雛見沢から出ないようにしている。
「…なんや」
ふ、と笑った。
いつもの自分なら、そんなことあるわけない、と。
それが馬鹿馬鹿しいと一笑で流したのに。
そうだ、そうなんだ。
もう、それすらわからなくて。
「謙也も、俺も…ホンマやない」
やってそうや。
そもそも、同じ世界を何度も繰り返す。
やり直すなんて馬鹿馬鹿しい。
千歳までそんな筈ない。
なら、自分も謙也も、みんななにかで作られたコピーだ。
何度コピーが死んでも、記憶をどうにかコピーして、やり直してると錯覚させてるだけや。
時間は進んでる。オヤシロさまの祟りなんかない。
最初からない。
作っているのは、「オヤシロさま」?
オヤシロさまはそもそもなに?
「宇宙人…………」
それが、どれほど正常じゃない思考かも、わからない。
誰が?
『財前』家だ。
だって、俺は間違ってない。
たすけて
間違ってない。
たすけて もうわからないんだ
あの日から、寸分も。
おねがい たすけて 千歳
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