葛籠らせん

【否再編】
第七話−【「大好き」】





 いつものように、下校途中に訪れた元工事現場。
 粗大ゴミがアホのように積み上がった山に足をかけて登る。
 丁度、夕日が降るところだった。

 背後で鳴った物音に、白石は静かに振り返った。

 そこに立って、上にいる自分を見上げる姿。
「…千歳」
「…探したばい。…帰ろう?」

 嘘吐き。

「……違うやろ」
「蔵?」
「やったら、なんでみんなもおんねん」
 千歳の背後に立つのは、謙也や財前たち。
「……お前を捜すん、協力してもらっただけばい」
嘘。

 千歳、お前、嘘吐くんうまいわ。けど、騙されたらんで」
「蔵、…お前、どげんしたと?」
 眉をひそめて問いかける千歳を、なお白石が笑った。
「知ってんのとちゃうんか」
「蔵」
「やから、『ここ』ってわかったんちゃうんか」
 夕焼けを背後に背負った白石の顔は、鮮明な部分はわからない。
 けれど、きっと彼は泣いている。
「…嘘、……て思っとう。
 お前の親父さんや、渡邊さんに訊いたばってん、…あくまで『行方不明』で、そっからは憶測たい」
 だから、否定して欲しいと、そう見上げる千歳を白石は嗤った。
「…言うたやろ」
「蔵?」
「俺は、間違ってない」
「…蔵?」

 ちがう

「俺は間違ってない。あの人が悪い。
 あの女が悪い!」

 ちがう。

「俺は親父に近づいた詐欺師を追い払っただけや。
 先に殺そうとしたんあっちや。
 俺は正当防衛や!」

 ちがう。ちがう。千歳。

「…蔵ノ介くんが雛見沢から一度出る前に、父親の傍にいた女性。
 失踪した彼女は結婚詐欺師で、あんたの父親を騙していたと後にあんたも親父さんも知った。
 同時期に、その詐欺師の同僚も行方不明。
 …蔵ノ介くんがですか」
「そや」
 財前の声に笑った。
「俺が『女が呼んでる』言うて呼んで殺した。
 せやけど悪いんは向こうや!
 俺は正当防衛しただけや。
 俺は間違ってない。あの日から、寸分も間違ってない!」

 ちがう たすけて わからない

「…蔵」

 わからない もうわからない

「千歳。お前に騙されたらへんで」

 ただしいかも、なにが悪夢かもわからない

「財前たちを懐柔出来たように俺はなったらへん」

 くるしい たすけて

「…最初から、お前なんか、…お前も殺せばよかったんや」

 たすけて 千歳

「蔵…」
 駆け寄ろうとした千歳が動きを止める。
 白石が無造作に山に見えていた場所から引き抜いた刃が夕日に光る。
 鉈だ。
「…蔵!」
 呼んで、それでも走り寄った千歳を鉈の刃のない方で殴り倒して、白石は下に着地すると青ざめた謙也たちの間をすり抜けた。
「蔵ノ介!」
 追う声も、耳に入らない。


 たすけて



 俺は間違ってない。



 たすけて 千歳





 ここからたすけて たすけて 千歳







 謙也達が村の近くに戻った時には事態は変わっていた。
 白石が雛見沢の学校の生徒全員を人質に学校に立てこもったという。
 ガソリンをかけた人質を殺したくないなら、要求に応じること。
 抵抗すれば、学校に仕掛けた爆弾を爆破する。

 要求は狂気じみていて、今の彼がどれほどに追いつめられているかを知る。

「宇宙人」「寄生虫」「コピー」、それがオヤシロさまの祟りであり自分たちは世界をやり直していないと。
 要求はその陰謀の元と彼がいう『財前家』の全てを防ぐこと。

 気付かずにいた。

 ずっと、いや、本当は気付いていた。

 間違っていないと叫びながら、白石が追いつめられていたことを。




 その脅えた瞳が、願っていたこと。






『千歳さん、携帯、イヤホン外さんでくださいよ』
「わかっとうよ」
 イヤホンで常に通話状態にした携帯をポケットに突っ込んで、千歳は静かな学校の中に足を降ろした。
 音で察知されないよう、下駄は脱いで指に引っかけている。
 人質の救出は、財前たち頼みだ。
 自分の役目は、それまで白石を惹きつけること。

 背後で鳴った物音と、なにか空を切る音に咄嗟に背後に飛び退いた。
「っ!」
 そこに振り下ろされた鉈が引き抜かれる。
「蔵…」
「うるさい呼ぶな。
 なんの用なん? 警察に任せんとご足労やな」
「蔵ほどじゃなか」
「はぁ?」
 顔を顰めて笑いながら、白石が千歳をじっと見た。
 そのやはり、脅えた色に心臓は痛くなった。
「…ごめん」
「…、なんで謝ってんや」
「…ごめん。蔵。ごめん」
「千歳?」
 苛立って呼んだ白石を、見つめ返した千歳は暗闇の中で、それでも微笑んだ。
「ごめん。ごめん。ごめん。蔵。ごめん…」
「やからなんやねん!」
 まどろっこしいと叫んだ白石の手を強引に掴んだ。
 咄嗟に反応した白石が振り下ろした鉈が、腕に少しだけ食い込んだ。痛みに耐えてその身体を抱きしめた。
 細い身体が、硬直する。
「お前を手に掛けた。お前への気持ち偽ったばい。
 お前を信じてやれんかった。
 お前が、俺をほんに思ってくれとったのに…俺は」
「そんなんもうどうでもええ!」
「やから、なんでも言うて。蔵」
「……?」
「一緒に立てこもって欲しいなら、そう俺に言って」
「……ちとせ?」
「一緒におる。一緒におる。蔵と一緒におる。
 …ごめん。遅れてごめん。蔵」
 身体を離して見下ろした瞳が、戸惑いに満ちていた。

「……大好き」

 告げた瞬間、白石は泣きそうに千歳を見上げた。








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