DIPED-ディペット- 『 ちいさなウサギ 』 ある日、やってきたのは謙也だったが、持っているものが気にくわない。 「そないな顔すんなや」 玄関先。千歳が疑って睨み付ける包みを懐に大事そうに抱えて、謙也はやたらにこにこしている。 「けんや? せんり、なんでそないけんやにらむん?」 「これがなー、千歳が嫌いなヤツからの贈り物やから」 「せんりがきらい?」 ウサギが首を傾げると、小さな頭が傾いだ。その耳を可愛い可愛いと撫でると、千歳に睨まれる。 謙也は煽るように、気持ち半分背後を向いて「ぷっ」と吹き出す。わざとだ。 「第一、それがほんなこつ、昔のって言えっとや? あいつがそう言っただけやなか?」 「俺もそう疑って実際見たんやもん。かっわいかったで〜? お前、見なくてええんや? あんな可愛いのに。見ないんや。それで蔵ノ介の恋人? っへっぇ〜?」 謙也らしくなく、やたら疳に障る言い方と仕草でまた笑う。 「見る! 見ればよかね!」 半ば意地と、若干本当だったら、という期待で包みを受け取る。 謙也が俺ももう一回見たい、とあがりこんだ。 前述の包みは、古い時代のDVDディスクだ。 なんでも、蔵ノ介の最初の飼い主が録画した、生後半年の頃の蔵ノ介の映像、らしい。 だが、経路が気に入らない。なんでも、遺産扱いで誰が受け取るかも決まっていなかった私物のなかにあったそれを、今の飼い主だから、と大統領権限で、あの男が用意してくれたそうだ。あの男――――――――千歳から一度ウサギを引き離した、あの大統領である。 だから、気に入らないし、怪しい。 だが、そのメッセンジャーに謙也を用意するあたり、下心の可能性が低い。 まず、下心があったら、謙也が動かないだろう。 だから、本当にただ、自分に渡してくれただけなのだ。多分。 あとは、単純にそいつが気に入らないだけだ。 古い型にも対応しているプレイヤーを引っ張り出して、ディスプレイと繋ぐと電源を入れた。 ディスクが再生される音がする。 やがて、ディスプレイに映し出されたのは、どこかの民家の居間らしき部屋。 最初、なんだかわからなかった。 だがよく見ると、部屋の中央で蠢く物体がある。 その物体はどうやら、頭を丸めてこちらに尻を向けていたらしく、ディスプレイの向こう(最初の飼い主)の呼ぶ声にくりっと振り返った。 「かっ…―――――――――――――!」 千歳がそれを認識した直後、顔を押さえてぷるぷると震えだした。隣の謙也の「やろやろ? そうなるやろ?」という声。 赤ん坊用の薄いカーディガンを着た赤ん坊の頭には、小さいウサギの耳。 なにより、髪と瞳の色でわかる。間違いなく、蔵ノ介だ。 画面の中の蔵ノ介は、呼びかけに振り返ったあと、傍のテーブルの端に必死でしがみつき、ぷるぷる震えながらよちよちと掴まり歩きをし出す。飼い主の元に行こうとしているらしい。 だが、途中でおもちゃを踏んづけて手を離してしまい、背後にぶっ倒れた。 「!!!」 リアルタイムでその場にいるように悲鳴をあげた千歳と逆に、一回見た謙也はにまにまと千歳を伺っている。 だが、画面のウサギは明らかに後頭部を強打したにも関わらず、傍に寄った飼い主(大慌て)が抱き起こすと、にこーっと笑って「あ、う」と言葉にならない言葉で呼びかけ始めた。どうも、蔵ノ介は独りには泣くがこういうことには強いというか、ズレた子供らしい。千歳もそこは知っている。 画面が切り替わる。 どうやら食事風景らしく、テーブルの映像。椅子に腰掛けたウサギは、見るからに眠そうで、半分以上目を閉じた姿勢で、フォークは持ったまま、こくっこくっと船を漕いでいる。飼い主が『もう寝かせた方がいいんじゃないかねぇ?』と笑っている。 『蔵ー? 寝るかい?』という声に一度、目を擦ってウサギは『ひゅう』と謎の言葉を発した。そして、フォークに刺さったオレンジを口に含もうとする。 どうやら、『食う』と言ったつもりだったらしい。そのあまりの破壊力に悶絶する千歳の肩を謙也が叩いた。ここは見ておけ!と。 ちなみに、十歳のウサギは千歳の膝の上でおとなしく見ている。本人は、あれが自分だとわかっていないかもしれないが。 千歳が鼻を押さえながらなんとか画面を見遣った時だ。 ついに睡魔に負けた赤子ウサギはフォークを持った姿勢のまま、顔面をテーブルに、ごいん!と強打してそのまま動かなくなった。 「蔵ぁっ!!!?」 「寝ただけやで」 ぴくりとも動かないウサギを抱き起こした飼い主の腕の中で、赤子ウサギは幸せそうな顔で寝息を立てている。本当に寝ている。が、その額は強打した所為で赤い。ついでに、なんか唇が切れている。が、本人は寝ている。幸せそうに。 「……蔵ノ介って、ほんまにズレとったんやな。普通起きるやろう」 「……俺は心臓止まるかと思ったばい」 飼い主の話し声でフェードアウトした画面は、また別の画面に変わる。 ソファが見えた。クリーム色のソファの上に、座るような向きで蔵ノ介が寝かされている。 その足が、ばったんばったんと動いている。 「蔵ー? お前、なんで足動かしとったか覚えとる?」 「…? なんでおれにきくん?」 本人は、あれが自分だと理解していないらしい。 あまりにも赤子ウサギが足を動かすものだから、スプリングが軋んでウサギの身体が跳ね、ソファの足下に落ちた。身体が。 『―――――――――――――!!!!!!!!!』 悲鳴は、ディスプレイの向こうと、こっちの三人の声。飼い主の夫婦二人と、千歳だ。 慌ててウサギに駆け寄ったディスプレイは、その場に落ちた姿勢で飼い主を見上げて、『あー』とにこにこ笑って手を伸ばすウサギを録画する。 「……なー? 頑丈っつか、あれやろう」 俺も最初見た時悲鳴あげたんにな、本人はあれやで、と謙也。 その後DVDはかなり千歳の心臓を揺さぶったのちに、終了した。 「千歳? 生きとるか?」 「……なんとか」 だが、結構息も絶え絶えという様子で、千歳は蔵ノ介をぎゅーと抱きしめている。 「……けんや? せんり、なんでつかれてんの?」 ウサギが首を傾げて聞いてくる。疑問の顔だ。 「うーん、お前をいっぱい見て、心配したんやな」 「…??? おれ、ここにおんのに?」 最後まで、本人は理解しなかったらしい。 謙也はその形のいい頭をよしよし、と撫でてやる。謙也の手にあわせて、ぐいんぐいんと動く頭。 そのうち復活した千歳にやめろと退かされた。 最後まで怪しくなかったから、単純に好意のもので、だから有り難く受け取った。 だが、なにもないときにしか、見れないと千歳は思った。 精神と心臓をやたら消費してくれる映像だったので、しばらくなにも出来なくなる威力があった。心配という意味でも、可愛いという意味でも。 ウサギは結局最後まで、それを「なぞのぶったい」扱いした。 |