DIPED-ディペット-U 「で、蔵はいくつになったんや?」 四月十四日は蔵ノ介の誕生日だ。 祝いに来てくれた謙也に、蔵ノ介は元気よく耳を立てて笑顔で答える。 「十五!」 「おお、でかなったな」 「うん!」 はきはき答えるウサギは、立派な完成したとも思える男前。 以前の可愛らしい印象はなりを潜め、外に出せば男女問わず恋に落ちそうな美しい『綺麗』な美貌。 謙也より長い手足に、相応に伸びた長い耳。 しかし、 「せんり! せんり! ろーそく消したでー!」 「ああ、はいはい」 中身は全く変わっていない。相変わらず、独りが大嫌いで、目が離せなくて、自分が大好きな彼だ。 堪らなく愛しくてしかたない。 第一話【純愛恋歌−@抱けよ】 謙也が帰ったあと、玄関まで見送った千歳は当然ついてきたウサギを腕に抱いたまま、「まだ起きとる?」と聞いた。まだ夜の九時だ。だが、ウサギは幼いという印象が未だに千歳は拭えない。 「おれ、もうそんなこどもちゃうでせんり。おきててへいき!」 「そか」 でも、相変わらず辿々しい言葉遣いで、綺麗な美貌もその言葉と無邪気な仕草と、笑みでかき消える。可愛いしか言えない。 彼と出会ったのは、彼が四歳の時。 最初はひどく怯えた顔をして自分を見た。 あれから、約十一年。 自分はまだ、彼を最後まで抱いてはいない。 自分でもよくここまで理性が保ったと思う。褒めてやりたい。 親友の橘も、前にうっかり手を出しかけた時は怒ったが(未遂でも)、今は逆に「いい加減我慢はよせ」と言ってくる。 実は、彼が十四歳になった時には、限界だった。 以前彼が風邪で大きくなった時に知っていた姿。でも、それを毎日。 一緒に寝て、起きて、キスして、好きと言い合う。 堪えるのも、限界。 でも、抱けなかった。 彼が嫌いなのは、前の飼い主。 性的暴力を振るった男。 命に危険を起こすほど、未だに怯える存在。 彼が以前、自分が途中まで触れたとき、拒まなかったのも、嫌がらなかったのも。 貫かれる痛みを知らなかったからでは? 最後まで、痛みを感じなかったからでは? 痛みを知って、それがなす恐ろしさを知って、それでもなお彼が自分を求める保証があるのか。 それでも自分を愛してくれるだろうか。 前の飼い主に対してと同じように、怯えて自分から逃げないだろうか。 あの、愛しさしか映していない瞳に、恐怖で見られるのが怖い。 十一年も一緒にいたんだ。そんなはずない。 橘はそう言う。 前のヤツは愛情がなかった。お前はある。 謙也はそう言う。 でも、怖かった。 俺の世界は、本当はもう蔵ノ介しかいなくて。 彼を失ったら、生きていけない。 だから、失うのが怖かった。 堪らなく、恐ろしかった。 「相変わらず綺麗だね。流石は弓と同じ掛け合わせ。 というか、千歳千里。まさか玄関の外まで送っていやしないよね? 蔵ノ介を他人に見せてないよね? というか、ひどい。この俺を蔵ノ介の誕生日に呼ばないなんて」 部屋に戻って、千歳は絶句した。ウサギは首を傾げた。 そこに、自分の椅子に我がモノ顔で座って、文句を垂れているのは、千歳には憎々しいこの国の大統領、越前。 黒髪黒目、で自分よりは幼い彼は、立ち上がると、びしと千歳を指さした。 「千歳。あんたは一回、俺のありがたみを思い知ったら?」 「誰が!? てかどげんしてここにいつ入ったと!?」 「俺、蔵ノ介の昔のDVD、もう四回は千歳に横流ししてあげたよね?」 「う」 「その度、あんたはお礼のメール一個も寄越さない」 「う」 「昔の写真も横流ししたし、ウサギのキメラに関する法案結構追加してあげたよね?」 「う。いや、それは蔵だけのためや…」 「俺はこの世で蔵ノ介と弓しかウサギキメラと認めない」 「………」 弓というのは、彼が亡くした彼の飼っていたウサギのキメラ。彼女と同じ掛け合わせの蔵ノ介を一度は欲したが、死なせたくなくて、千歳に返した。その後は、一切姿を見せず、たまにそうやって蔵ノ介の昔の品物を横流ししてくれるが。 確かに彼が大統領になってから、ウサギのキメラに関する法律は増えた。 特に精神発作からすぐ命の危うくなるウサギのキメラに、飼い主の家に無償で、それに対応できる医療器具を設置するという法律も加えており、そのおかげで千歳はあれ以後、蔵ノ介と離れずに済んでいるし、安心してもいられる。 内心、蔵ノ介のためだろうなともわかっていた。 が、 「お前は生理的に受け付けん!」 「…蔵ノ介、千里はひどいよね。俺結構頑張ったのに」 よしよし、と今は自分より高いウサギの頭を撫でていう越前に、ウサギは首を傾げたままだ。 「あれ? わかんない?」 「うん」 「てか、お前、そもそももう任期終わったんじゃ…」 千歳が今頃、もうそんな権限はないはずだと気付いて蔵ノ介を奪い返す。 「この前、その大統領選挙があったでしょ?」 越前はにっこりと笑った。 「俺、そこで圧倒的多数でまた大統領になったから。また十年よろしく」 誰だ! こんな馬鹿に票入れるアホは…!!!!! ウサギのことしか頭にないのに。とぼやく千歳は、自分もそうだと気付かない。 橘がいたなら突っ込んだ。「それって同族嫌悪なんじゃないのか」と。 「俺、蔵ノ介が千里の気持ちに気付く手助けもしてやったのにね?」 「…………………っ!」 そこでようやく、蔵ノ介は彼が誰か気付いたらしい。青ざめて千歳の背後に隠れた。耳だけが千歳の肩から見える。 「あ、ひどい」 と言いながら、越前は手元に取り出した小さなプレイヤーを操作する。 手の平に収まる持ち運び用の映像プレイヤー。映像がホログラムで浮かび上がるものだ。 その黒い機械の上に浮かんだのは、千歳にはすごく見覚えのある姿。 「そ…」 「十歳の千歳千里の映像」 「プライバシー侵害ばいっ!」 「蔵ノ介ー。これ、昔の千里。見たくない?」 夜叉のような顔で叫ぶ千歳に構わず、越前は蔵ノ介に笑顔で呼びかけた。千里、に反応してウサギはちょっと顔を出した。越前の手元に浮かぶ姿が、幼くとも好きな千里だとわかったのか、顔が輝く。 「欲しいならあげるよ?」 「ほんま!?」 「うん。はい」 「おおきに!」 千歳が止める暇なく越前の傍に駆け寄って、それを嬉々として受け取るウサギ。 完全にパブロフの犬だが、その当事者は面白くない。 「あ、お礼に俺のこと『リョーマ』って呼んで? また持ってきてあげるから、違う千里」 「リョーマ!」 「はいいい子ー」 撫で撫で、とウサギの頭を撫でたあと、越前は唐突に千歳の方に歩み寄った。ぐいと千歳の肩を抱くと、声を潜める。 ウサギは映像に釘付けだ。 「あんた、蔵ノ介、抱いた?」 「……答える必要」 「抱いてないね。それは」 「…」 すぐ見抜かれた。悔しくなる千歳に構わず、越前は続けた。 「実は、来週には成立する法律があるんだ」 「?」 「『二十歳以下のキメラに性的行為を働いた人間は、五年以下の懲役』っていう保護法律」 「………へ?」 「これならキメラを虐待する人の数もぐんて下がる。二十歳越えればキメラにも力や知識は備わってる。いい法律。 ちなみに半年に一回の健康診断の時に、他者と交わったことがあるかないか血液から調べるシステムになったからね」 「……」 千歳は言葉を失った。固まった。 二十歳? 二十歳まで? 我慢? いや、手を出すのは怖かった、が! いざあとまだ五年我慢と言われたら。 「で、こっからが本題だ。当然、その法律で有罪になったら二度とキメラは飼えない。 蔵ノ介は一生、あんたとは会えない。 …ただし、その法律が成立して、機能するのは一週間後」 わかる?と越前は笑った。意地悪に。 「一週間以内なら、なにしても抱いても、あんたは罪に問われない。 いつ抱いたかもさっきのシステムでわかるからね。 運命の選択。 一週間以内に、一回か二回、蔵ノ介を抱いて、自分のモノにしておくか。 あと五年、おとなしく待つか。 …泣いても笑ってもあと一週間。ま、精々悩んで」 ぽん、と越前は千歳の肩を叩くと、部屋を出ていった。多分、外に迎えを待たせてある。帰ったのだろう。 「せんり?」 ようやく千歳の傍に戻ってきたウサギが、不思議そうに千歳を見上げた。 千歳は笑って、ウサギを抱きしめる。が、その顔は死にそうに青かった。 |