DIPED-ディペット-


『 ウサギのおいわい 』



“蔵ノ介”



 おれをよぶ優しい声。優しい手。


 せんり、せんり、だいすき。

 あなたがおれのせかいのすべて。

 せんりがいれば、なにもこわくなかった。




 きっかけはせんりにかかってきたでんわ。
 おれをせんりのとこにつれてきた人から。
「え? あー別によかよ?」
「せんり、なに?」
 服を引っ張ったおれに、せんりはたいしたことじゃなかと笑った。
「もうすぐ俺が誕生日やけん、て桔平が。そんな大したことじゃなかよ」

 誕生日。

 なんだっけ、あ、そうだ。おれを最初に『蔵ノ介』って呼んだ人たちが言ってた。
 生まれた一番大事な日。
 誕生日。せんりの。お祝いする日?
「蔵?」
「なんでもない」
「…?」
 おれのまえのまえの飼い主はいつもその日までひみつでお祝いしてくれた。
 ないしょにしなきゃいけないんや。
 でもおれ、せんりにあげられるもんがない。
「…蔵?」
「え?」
「なに、百面相しとう…? やっぱりなにか…」
「なんもないもん!」
「……?」
 流石におかしがるせんりにごめんっておもった。
 でもおれもせんり、お祝いしたい。
 だからないしょ。



 ある日、せんりは仕事で疲れてそのままねてしまった。
 ちゃんすだと思った。
 寝る場所で寝ているせんりのそばから離れて、そっと部屋を出る。
 すぐ、背中がぞくっとした。
 他の部屋は明るいけど、せんりがいない。
 こわい。
「…しっかりするんや! せんりお祝いする! ないしょ!」
 おれはきょうふをうちはらって、一歩一歩せんりのいる部屋からはなれた。
 それのある場所にたどり着いた時には、おれの息はたえだえだった。
「…せんりおらん…こわい……」
 ぶるぶる震えるからだ。気がすぐとおくなりそう。
 でもここでたおれたらせんりに心配かけるだけでなんにもできないとそれに手を伸ばす。
「たしか…この字…」
 せんりにちょっとずつ文字教わってるから、なんとか読めたパネルのその名前を押す。
 少しの間電子音が鳴る。

『はい、もしもし千歳?』

 やった、あってた、けんやだ。
「けんや」
『……え? え、と蔵?』
「うん、おれ」
『千歳は?』
「せんりは寝てる。おれだけ」
『ええっ!? なんで!?』
 けんやはなんだかすごいおどろいてる。
「あのな、あのな、せんりもうちょっとで誕生日って」
『あ、ああ、そやな……え?』
「おれもせんりお祝いする! せんりにないしょ!」
 けんやは少しだまった。すぐ、明るい声がする。
『そっかそっか。それで! わかった。俺も男や。
 千歳には内緒な!』
「うん!」
『で、俺はどないしたらええ?』
「そとのことわからんけど、せんり、たまにさむいって。
 めがいたいっていう。なんかない?」
『あー、そっか。ほな、こんなんどうや? あんな……?』



「うん、それでええ!」
『ほな、誕生日の前の日に届けに行くな! ほな』
「ありがとけんや!」
 ふいにとおくでせんりのこえがした。おれをよんでる。
「せんりがくる!」
『わかった。ほな、またな!』
 きれた。あわててみみにあてていた機械を元の位置に戻す。
「蔵!?」
「あ、…せんり」
「蔵! よかった…どげんかしたかと…。どげんしたと?」
 傍にしゃがみこんでおれをだきあげたせんりが、すごいふあんそうにきいてきた。
「ごめんなさい…」
「よかよ。ばってん、なんかあった? 大丈夫と?
 …怖くなか?」
 しんけんに訊くせんりに、だいじょうぶってこたえた。
 すこしあんしんしたかお。でもせんりは、やっぱりふしぎがってた。
 せんり、あれからずっとおれをいままでいじょうにだいじにってがんばってる。
 おれがあのとき、まえのかいぬしのことでたくさん泣いたから。
 せんり、そんなしなくていい。
 せんりがおるだけでおれ、うれしい。
 せんりはせんりのまんまで、ええから。
 だから、せんりはいらんっていうけど、おれもなにかせんりのためにしたい。
 せんりのうでのなかで、いまさらふるえてきた。
 ひとりでおったらすぐこうなるけど、せんりにまもられてばっかでなにかなんてむりだってわかってるけど、なにかさせてせんり。
 せんり、大好き。
 だから、わらってほしい。




 誕生日の前の日、部屋のそとでおとがなった。
 来た、とおもった。
「…誰やろ? 桔平かね?」
 せんりはいつもどおり、おれをだきかかえてげんかんにむかった。
『千歳!』
「あ、謙也。……一人ばいね?」
『おう! 安心せえ光はおらん!』
 あ、せんり、いまむっちゃあんしんした。
 ドアがあいてけんやがはいってくる。
「どがんしたと?」
「いやちょっとな、蔵」
 けんやにうながされてうなずく。「?」といみのわからないせんりに、「おろして」といった。
「え?」
「だいじょうぶやから」
「…ほんに?」
「うん」
「……」
 ものっそうしんぱいそうにしながらせんりはおれを床におろしてくれた。
 その手にけんやが小さなつつみをわたしてくれる。
「せんり、せんり」
 それをかがみこんだせんりにむけてわたす。
「え?」
「おれから、せんりに!」
「え? え?」
「お誕生日! おめでと」
「え? 蔵が!?」
「うん」
 うなずくと、せんりがびっくりしたままけんやをみる。
「ええから開けたれ」とけんや。
 せんりがつつみをあけると、そこからはあったかそうなもこもこのアイマスク。
「お前が、寒くなってから目が痛いって言うから、なんかない?って蔵が。
 金は俺やけど、気持ちは全部こいつやで」
「…え? ばってん、蔵、謙也と話す時なんて」
「この前俺に一人で電話してきたんや! びっくりしたで!
 千歳をお祝いしたいから内緒!ってえらい一生懸命に。
 お前、幸せやなー」
「…………」
「せんり、うれしない?」
 ふあんになってくびをすくめたおれを、せんりがぎゅっとだきしめた。
 いつもよりちょっとくるしい。
「せんり?」
「……ありがと、蔵」
 うれしか。そういつもよりひくくささやかれて、おれもうれしくなった。
「蔵?」
「……、な、なんでもない」
 そのこえ、きいたらうれしいのになんかむねがくるしくなったなんていったらせんりをしんぱいさせるから、ないしょにした。

 こっちは、ずっとないしょ。









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