DIPED-ディペット-


『 ウサギ・十五歳(仮) 後編 』



「もしかして、風邪かもしれんで?」
 事情を聞き終えた謙也がそう言った。鸚鵡返しに「風邪?」と聞き返す。
 ウサギはひとまずということで、謙也の予備の服を借りて同じ部屋で着替えている。
 さりげなく千歳が謙也に見えないようガードしているのには、謙也はもうなにも突っ込まない方向だ。
「最近流行ってんねん。キメラの風邪。
 キメラは今、ちゃんと遺伝子情報とかも固定してて俺らと同じに狂うことはないけど、その風邪で狂うヤツもたまにおるって。万全に固定出来とるっちゅーても、毎年想定外のウイルスが出てくるからな。それに対応してへんし」
「…つまり? 遺伝子情報が多少狂ったけん、年齢が変わった…てこつ?」
「やな。風邪が治れば元に戻るて。薬があればええんやけど…」
 千歳が既に取り寄せてる、と答えると「昨日から?」と聞かれる。
「寝る前にくしゃみばしとったけん、万一風邪ならと思って寝る前に」
「………お前、本当に親ばかや」
「せんり」
 座っている千歳の首にしがみついてきたウサギに、顔を上げてその髪を撫でてやる。
 くすぐったそうに寄り添った身体はやはり十五歳くらいで、自分より頼りないが大きくしっかりしている。
「…て、蔵? 下も履かんと」
「…留められんねん」
「あー…ベルトがな」
 履かせてやる千歳とそのウサギを見遣って、謙也はしみじみと思う。
 幼い姿しか知らないから、当たり前なのだが。
 身長は高いし、声は耳障りがよくて、はっきり言って相当な美人である。
「千歳、よかったなー」
「ん? なにが?」
 履かせ終わって振り返った千歳の膝に、ウサギが躊躇いなく座り込んだ。
 ちょっと、いやかなり見ていて、見ていたらいけない気分になる光景だ。
 いや、わかっている。あれに他意はないし、あれは親子だ。
 しかし、すっかり大人びた姿だからこそ。
「蔵ノ介。大きくなったらそない美人になるやなんて、嬉しいやろ」
「あ…ああ」
 しどろもどろになりつつ答えた千歳に、謙也は「ん?」と思う。
 なんだ、その赤くなったリアクションは。
「やっぱりおれがおおきなるとせんりうれしいん!?」
「う、うん。当たり前やろ?」
 にこにこ笑って聞くウサギに謙也はそう答えた。するとウサギは千歳にぎゅっと抱きついて嬉しそうにする。
「せんり、せんり、はよおおきくなるからまってて!」
「う、う…うん」
「せんり、だいすき」と決まり文句できつく抱きつくウサギを抱きしめ返しつつ、千歳は真っ赤になって口元を押さえた。
「……千歳」
 謙也に呼ばれて、千歳はやっとそこでハッとする。
「お前、まさか…既にお前ら親子やなかったりするか?」
「……………」
 バレた。速攻で。
 と頭が真っ白になってすぐ、恥ずかしがることでもない。と思い直した。
 千歳は開き直りが早い。ついでにウサギ第一なので、それ以外の相手からの気持ちにあまり関心もない。最低限、あるが。
 ここで否定してまた蔵ノ介を悲しませるくらいなら、はっきり言った方がいいだろう。
「うん。一応恋人やけん」
 結果、きっぱり答えた千歳に謙也は思いきりおののいたあと、絶叫した。
「そこは照れるなり恥ずかしがるなり真っ青になるなりしろや聞いた俺が馬鹿みたいやろ!!!!」
「いや、そぎゃんしたら蔵が悲しむけん、好いとうは事実やし。
 蔵がこれ以上泣かんなら別によかねーて」
「お前は思いきりが毎回よすぎや…」
 勢いで立ち上がってしまった謙也は、すとんと座り直すと小声で「手出した?」と聞いた。
「いや…十歳に手ば出せるわけなかし」
「それ聞いて安心したわ」






 ―――――――――――――とかいって、実際毎回危なかけん。

 謙也が帰ったあと、一人内心で思う。
 十歳相手でも、毎回理性が危ないのは本当だ。
「せんり!」
 寝台に仰向けになっていた千歳の身体に急に重みがかかった。
 傍で謙也のくれたお菓子を食べていた筈のウサギが、千歳の身体の上にまたがって乗ってきた。
「……、食べ終わったと?」
「…まだ。せやけど、せんりとおらんとさみしいから」
 長い耳を自分の手で撫でながら寂しそうな顔で言うウサギに、本当にどうしてやろうかと思う。
 すると、千歳の上に乗っていたウサギがきょとんとして、唐突にズボン越しに股間を撫でたため千歳はがばっと起きあがって手を引き剥がした。
「蔵! なんね?」
「? んー…なんやおおきなっとるておもった?」
「……」

 本当に、どうしてやろうか終いには……。

「蔵? あんまり触ったりしたらいけんよ?」
「なんで?」
「まだ怖か思いばしたくなかろ」
「……?」
 意味がわからないのか、ウサギは首を傾げて不思議そうになる。
「せんり? ようわからん…」
「蔵が本当にこのくらいおおきなったら教えちゃるけん」
「ほんま?」
「うん」
「ならええ」
 にっこり笑ってウサギはもうそれを忘れたのか、千歳に抱きついてきた。
 止めて欲しい。今の心境としては嬉しい半分悲鳴半分。
「はよおおきくなるからまってて」
「うん」
「よそみしたらあかんで!」
「うん」
「そしたらいろんなことおれにしたってな!」
「………………………………………………………………うん」



『蔵ノ介。大きくなったらそない美人になるやなんて、嬉しいやろ』



 嬉しい半分、大変に怖い。
 一日だけで大変心臓に悪いのだ。
 数年後には、これが常態だなんて、怖い。
 でも結局、そう望んでいるから、怖いのは自分の我慢が切れることだろうか。






 ちなみに、翌日にはウサギは十歳に戻っていた。
 その日になって届いた薬に、次に風邪をひいたら速攻飲ませようと誓った。





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