「でも、珍しいですよね」 試合を終えた財前が、珍しくペアを組んだ小石川に言った。財前は固定といっていいくらい、謙也と組むのが当たり前だ。 「なにがや?」 「部長。向こうの学校の人、主将の人オーダー見て目ぇひんむいてたじゃないですか。 うちの学校バカにしてんのか!って顔」 その時の向こう側の部長を思いだして、小石川は、ああ、と相づちを打った。 白石を出さなかったから、軽く見られたと思ったんやろ、と。 「けどしゃーないんやない? 今白石に無茶されたら一番痛いん俺らやし」 「いやそれはわかっとりますよ。俺が言うてんのは、試合前に体調崩すようなことしたっぽい部長が意外や、って話」 やってあの人健康オタクの部活バカやないですか。という財前の言い方は苦笑を禁じ得ないが事実だった。 「確かに、なんやあったんかな…」 「なんの話たい?」 同じく試合を終えた千歳が首をつっこんできた。 「白石の話。あいつなんか無理したんかな?って」 「ああ…確かに珍しかね…」 「けど、渡邊先生が出さないって言い切るってことはよっぽど悪いってことでしょ? ちょっと心配ですわ」 「そやなぁ。あいつ不調が顔に出んし」 純粋に心配している小石川と財前を見下ろしてから、千歳は屋根の下のベンチ、渡邊の隣に遠慮がちに座っている白石を遠目に見遣った。 おそらく無理にでも出ると言い張る白石を、事情を話そうとしない彼を適当に宥めて出るなと渡邊が押し切ったのだろう。比較的なれなれしい扱いをされる渡邊だが、白石は教師としての彼の立場を強調するように尊重する。オサムちゃん、と呼ぶこともあるが大抵は“センセ”という呼び方の彼は部長意識が本当に強い。 などと思いながら見ていると白石がベンチを離れた。 相手の部長に呼ばれて、一足触発かと思いきやそれなりに付き合いも長い学校同士らしく、この阿呆よりによってお前がおらんのじゃ意味ないわ!などとじゃれられている。 すまんすまんと謝る白石を見ていたらベンチに一人になった渡邊に呼ばれた。 濁声に呼ばれるままに近寄ると、次の次お前審判な、と言われた。 「ああ、はい」 「それまで少し休んでけ。お疲れさん」 「…よかとですか?」 「ああ、ええ。財前たちはまだもう一試合あるし」 それじゃ、と軽くベンチに腰掛けた。向こう、相手の選手にいじられて笑う白石の声と、サーブを打つコートの謙也の声が響く。 まだ初夏だが、暑い。果て、九州とどちらが暑かっただろう。比較できないのは何故か。 「で、お前」 「あ、はい?」 「手ぇ出すんはほどほどにしとけな? 万一妊娠させてしもてもそこまで俺面倒見られんし」 先生連中ん中じゃ若造やしな、と続けて言われる。渡邊の視線はコートを向いていて、千歳を全く見ていない。一瞬、理解が追いつかなかった。 だが理解が追いつくと、苦笑が零れた。 「知っとったとですか…?」 「センセは案外なんでも知っとるもんや」 「…一応、避妊忘れたことはなかですよ」 「そういうやつほど失敗すんや。経験談。覚えとけ」 「…先生、失敗したことあるとですか?」 気まずい感情が流石にあって、そう聞いていた。 「ないけどな。一回俺の子や、って言われたことがある。結局違うってわかったけど下手に心当たりあると否定でけんやん? やからやましい心当たりは中坊のうちから作るなって有り難い説教」 「…覚えときます」 「ま、でも今仕込んでしもたならわかるころにはお前引退やし。 別に俺困らんからええけど。溜まるんやったら好きにすればええし。 俺もあんま人のこと言えへんしな。ただもうすぐ大会シーズン入るからその期間は控えろって注意な」 「……先生、割と放任とですか?」 もっと追求か注意を受けると思ったので、拍子抜けだ。 「別に。教え子はみんな大事やし、お前かて例外やないから、困ったらいつでも相談乗るしな。けど、お前俺にいくら経験談語られて説得されたかてやめへんやろ。 心底痛い目みん限りは」 「…よう、わかっとるとですね」 事実だった。まだ数ヶ月。よくそこまで自分の性格を把握したものだ、と怖くもなる。 「ま、それはええ」 携帯灰皿に煙草をつっこんだ渡邊の思わずよかとですか?と言ってしまう。 すると渡邊は初めて千歳の方を見て、それから周囲を軽く見渡した。 部員はみなコートの中。白石はまだ相手選手との会話から解放されない。 「千歳」 それらを確認して、渡邊は名を呼んだ。声が少し低くなったと感じたのは、気のせいか。 「女癖のことは別にええ。ただし、―――――――――――――関心せんし、俺は迷惑やな」 は?と声が漏れた。今、いいと言ったのに。 「女やないわ。白石」 「お前、白石にも手ぇ出してんやろ。試合前までしんどい回数ヤるんはやめてくれ。 あいつ無理しぃやし」 言葉が凍った。何故知っている。 「なんで知っとるか言うたら、白石に聞いたからやな。 初めてお前が白石を抱いた時っから俺には筒抜けやから。 昨日は三回ヤったんやって? 無理させすぎや。やから無理や言うて出すんやめたんやしな」 やから迷惑、と渡邊。 「…白石、先生には、言うとですか?」 「言う言う。普通に。俺ら仲ええし」 やからな、と。 「そんなわけで、溜まっとるならそこらの女で我慢せえ。 白石を巻き込むな。女扱いすんな。次、無理に抱いたら速攻お前の首切るから覚悟しや?」 橘なんちゃらとの再戦待たずにたたっきるから肝に銘じろ、と笑う。 背筋が寒い。白石のプライドの高さは知っている。 何故こうも、強いられた回数まで吐露しているのか。 「ま、いくらあいつが大概体力あっても、野郎に四回も抱かれた翌日に試合は無理やし。 大会シーズンはほんま遠慮してな? あいつうちの主力やしなぁ」 白石に無理に聞いたんやなかとですか、という言葉が喉までせり上がった時、不意に違和感を感じた。 (……) 「…四?」 掠れて呟いた千歳の声はしっかり届いたらしい。四回、と渡邊は新しい煙草をくわえて頷いた。 白石が昨日抱かれた回数。 自分は、三回だ。渡邊も先ほど、三回も、と言った。 「ああ、最後の一回は俺やから」 すると渡邊は明日の天気でも告げる口調で笑った。 「夜、あいつん家行って一回だけ抱いたったからな。そんで四回」 「…………」 なにを言っているのか。渡邊は、教師で、白石は教え子で。 第一、試合があるから無理をさせるなと言っておいて。 「…先生、それ…犯罪やなかとですか」 「べっつに〜。あいつ抱くんに教職が邪魔ならそっち捨てればええ話やしな。 ま、全国を手抜きして指導しとるつもりはないから安心せえ」 「……」 ごくりとのどが鳴った。 「先生、…と白石は…どげん関係とですか」 「ん? ………そやなぁ」 渡邊は迷うように手を泳がせて立ち上がる。 「兄代わりってとこやな。俺とあいつ、俺が高校、あいつが小学校あがる前からのお付き合いやねん。やから、あいつに関しては教師と教え子とかいう前に、ただのオサムとして見とるし。せやなかったら流石に抱けんやろ」 「……」 「ちなみに、あいつんこと最初に抱いたん俺な。あいつが中一ん時」 ほなそろそろ向こうの顧問に話ししてくるわ〜と暢気に渡邊は背を向ける。 残された千歳だけが、影の中に取り残されたように俯いた。 帰路につくと、すぐ後から謙也が追いかけてきた。 「白石!」 「謙也、どないしたん?」 「明日っから都合で部活が六日くらい休みやんか」 「ああ、…あり得へんわ。夏大会前やのに…」 「まあその辺は各自消化しろって話やろ。で、俺、光も誘って特訓すんねん。 白石も来い!」 「強制参加?」 「つか、光が白石連れて来い、て」 「…お前、後輩にパシりに使われてどないするん」 「うるさいわ! 兎に角、俺かてお前おった方がええし、そしたらなんだかんだでみんな集まるやん?」 「まあ、まとめ役は必要やろうけど」 「そういうことや。な、来い」 「ん、わかった。後で場所メールせぇ」 「了解!」 その後なんだかんだと話した謙也とは分かれ道で別れる。 あれだけ騒いだ後に一人きりの家に帰るのは寂しかったが、しょうがない。 携帯が鳴る。 「……センセ?」 『ああ、蔵ノ介。お前休みの間どないするん? 泊まってやろか?』 有り難い優しいお節介にくすりと笑みが零れた。 「んーん。いらんし。それに久しぶりに父さん帰ってくんのやと。 帰ってきたときびっくりするやんか。オサムさんおったら。 オサムさんはそら、父さんかて知っとるけど」 『ああ、ほな邪魔したら悪いな』 「ごめん。でも嬉しい。ありがと。どうしても二人の空気に堪えきれなくなったらオサムさん家駆け込むし」 『いつでも来ぃや。あ、俺は火曜、水曜暇やから。練習すんやろどうせ。 謙也たちと。要るんなら呼べやー』 「うん、普通に呼ぶし。けどええの? オサムさん」 『? なにがや?』 「休みに謙也たちに会うたら『たまにはええもん食わせろ』てたかられんで? ただでさえテニスするからみんな腹減るし、給料日前にはきつんとちゃう?」 『う…痛いとこつくなお前…でも事実やな。あいつら』 「うんせやろ? やから無理せんでええし。ちゃんと知っとるし」 『…?』 「ナイター許可取るんに頑張ってくれるつもりやないの? 休みの間に」 四天宝寺は強豪校故、ナイター設備がある。しかし夏場にそうそう許可は降りない。 しかし、今の時代の夏の気温は猛暑というより人が殺せそうな恐夏で、少しでも冷えてくれる夜にテニスが出来る確約でもあるナイター許可は必須だ。 去年、意地でそれをもぎ取ってくれた渡邊が新学期にやたら多忙になって潰れていたのを知っているが、それでも今年も取ってくれるために色々な雑務を背負い込むのだろう。 今は必要ないが、八月に入るとどうしても夜間練習は欲しい。 そのために、七月過ぎてから交渉に動いたのでは遅い、と渡邊に聞いて知っている。 『…お見通しかい。ん、まあそう』 「ありがとセンセ。めっちゃ嬉しいし。…絶対一緒に優勝しよな」 敢えてセンセ、と呼んだ。今、渡邊はきっと携帯の向こうで教師の顔になっているから。 当たり前や、という声が返ってきて、笑う。 ほなまた、と言って通話を終えた。もう家が見えて来ている。 電話を終えた後で、正直気も緩んでいた。 近づいてきていた家を見上げるような姿勢でいたから、傍の電柱の影から出てきた身体に、一瞬反応が出来なかった。 白石の顔が驚きを映す前に、その拳が遠慮なく鳩尾を強く殴って、誰かと確かめる余裕なく、意識が闇に落ちた。 覚醒した意識を引っ張ったのは、間違いなく未だ腹部を覆う痛みだ。 じんわりとした痛みはまだ身体に燻っていて、相当容赦なく殴られたと思う。 「ああ、起きたと?」 特徴のある声に、まだ半分靄がかっていた意識が引き上げられた。 床に倒れていた身体を起こすと、見下ろしてくる千歳と目があった。 「…………?」 状況が把握出来ない白石に、千歳は笑って、よう気絶しとったとね、と言う。 「……」 それでも、すぐに理解に繋がらない。 まさか、自分を気絶させた人影が千歳だ、などとそう簡単に信じられない。 まだ、通り魔に襲われた自分を助けてくれた、という方があり得る話。 「ちぃと、力加減間違えた気しとったとよ、なかなか目ばさまさんから」 薬使うた方がよかったかね?と言われて、やっと心臓が理解に冷えた。 「…お前、なに…」 掠れた声が零れた。 ここは千歳のアパートだろう。来たことが何度もあるからわかる。 「休みの間だけ、ここにおってくれんね? 一生監禁しよーとなんて思っとらんたい」 「…っお前…!」 つがれた言葉に頭に血が上った。 殴りかかろうと振り上げた拳は簡単に掴まれて阻まれる。 そのまま押し問答になってもよかったが、自分の意識は違う方に行ってしまった。 殴りかかるために動いた時、背後で鳴った音と、感触。 「…………」 理解したくないと、まさかと振り返った先、自分の左足に嵌められた鉄の枷はご丁寧に鎖でどこかに繋がれている。 「…」 「ああ、それは前のダチにもらったもんたい。まさか役に立つ日が来るとは思っちょらんかったけんど」 「…お前…っ」 声にならない怒りに身を震わせる白石の胸中など意に介さず、引っ張られて床に引き倒される。 服を脱がす手に意味を悟って、力の限り暴れた。 めちゃくちゃに手と足を動かして暴れていると、左手に手応えを不意に感じた。 少し、身体の上が軽くなる。 千歳の頬に拳が命中したらしい。 荒い呼吸で、ざけんなと笑ってやる。 「自分がいくらでかいからって、好き勝手でける思うたら大間違いや。 …バカにすんなや? これでも喧嘩は強い自覚あるし。 薬でも飲ませとくべきやったな? …腕でも潰されとうなかったらはよ退きや…?」 精一杯ドスを効かせた声で低く言う。 そのまま自分の上から退いた千歳に、効果があったか、と確信する余裕は与えてもらえなかった。 不意に笑った千歳に、訝る視線を向ける。 「…薬、ね」 「…なん、やて?」 まさか、と声が震えた。効果が出ていないだけで、飲まされていたのだとしたら、と青ざめかけた白石を千歳はなおも笑った。 「…別に? ほんなこつ薬なんてもんば使ってなかよ。安心してよかね。 そげんもんで感じてもらっとうてもつまらんたい。それに、そげんもん使わんでも白石の身体、ヨかしね?」 「…なに、言いたいん?」 得体の知れない不安に、思わず座ったまま少し後ずさる。 警戒を強くした白石に殴られた頬を全く気にせず、千歳はまた不意に覆い被さってきた。 もう条件反射で抵抗した腕が今度はあっさり掴まれ、背後に千歳が回る。 ギリ、という力で両腕を背後で固定されて更に強く力を込められた。 そのあまりの容赦のなさに走った激痛に白石は顔を歪める。 「…千歳…っ…痛……腕…痛い…ッ」 「痛い?」 「…っ…いっ…」 更に骨を折る気かという程込められて白石の口から漏れるのは苦悶の声だけだ。 「白石、どげんすると?」 「…い……ぇ?」 荒い呼吸でぼやけた視線を彼に向けた。髪を優しく掴んだ千歳は、まるで白石を気遣うように囁く。 「動いてよかと? 俺は離さんよ? …俺ん握力ば、知らんわけなかね? うっかり骨折ったら大変っちゃね。俺はかまわんけど、病院も行けんから、 治っても―――――――そん腕じゃ二度とテニスばできんね」 激痛で多くが占拠された頭でも、理解は届く。 本気だ、とわかる。この男は、本気でそうする。 自分がこれ以上抵抗するなら。 イヤだ。それだけは、イヤだ。テニスが、出来なくなるのだけは。 痛みに耐えて、白石は暴れることを止めた。 口で言っても無理だ。ただ、もう暴れないと目でわかってもらうしかないと堪えていると、「抵抗ばせんね?」と聞かれた。 「しない…から…いうこときく…から…腕…痛い……」 「ん、ならよかよ」 ようやく万力で締め上げられていた腕が解放されて、白石は両腕をさすって荒い呼吸でまだ残る痛みを堪えた。 それに構わず、千歳は白石を引き寄せると乱暴に床に引き倒す。 しかし恐怖を覚えた身体に抵抗など出来る筈もない。 それに満足するように笑うと千歳は白石の身体に身を沈めた。 「ん…あ…っ!」 三本の指がそこから引き抜かれ、乱暴に貫かれる。 挿入後の負担も考えず律動を始められるのもいつもだ。 馴れてしまった身体は、すぐ快楽を見つけてしまう。 「…アッ……や」 「その声ば、ほんなこつたまらんたい…」 欲情を隠さず囁かれて、ぞくりとした。 堪らず腕を千歳の首に回す。 更に深く奥を抉られて悲鳴が零れる。 達した後も離してもらえず、その日は意識を失うまで抱かれていた。 千歳の部屋に閉じこめられて、何日経っただろう。 三日?四日? 休みは六日間だ。それまでは解放されないだろう。 一度、心配した渡邊から電話があった。 千歳は出ていいと言った。腕をいつでも折れる、と掴んで脅しながら。 心配しなくていい、普通に楽しくやってる。と答えて、訝られた様子はなかった。 「白石、なに食べたいと?」 昼飯を作っている千歳に問われて、現実に思考が帰った。 「…ああ、別に、なんでも」 「そげんいうといかん。体力落ちるとよ?」 一度食べないことで抵抗しようともした。 「ん…っ!」 「ちゃんと食べんといかんね。無理にでも食わせるたい。ちゃんと食べんと」 喉の奥で呻きながら千歳の腕に固定されて、無理に押し込まれたおにぎりの小さな破片を涙混じりに飲み込んだ。 生理的な涙だったが、苦しかったのは本当だ。 「白石、またテニスしたかろ? 自分で自分の力奪ったらいかんと」 無理に食べさせられて、それで気付かされもした。 テニスが、今までのテニスが出来ないほど筋肉を落として困るのは自分だ。 だから、出されたものは食べるようになった。 「……お前が狭い台所に立っとるとそれだけで異様や」 その時の、心底案じるような千歳の視線を思い出した所為か、そう言ってしまっていて。 「白石、酷かね…」 千歳の屈託のない笑顔に、思わず笑って、すぐに首を振った。 なにをしているんだろう。まるで普通の恋人みたいに。 そんな会話して。 彼は、自分を檻に繋いでいる人間なのに。 「ほら、白石の分。はよ食べなっせ」 それでも渡された盆。 乗っている食べ物を、千歳と向かい合って口に運び、咀嚼して食べ終えると千歳は笑う。 「ん、全部食べたとね。よかったたい」 そんな風に、優しくされると、困るのに。 食器を片付け終えた千歳が、白石を促した。 そこに座ってくれ、と。 また抱かれるのかと思ったが、抵抗の意志はとっくにない。 好きにしろ、と思うと同時に悲しくなった。 矢張り、自分は抱き人形だ。 しかし床に座った白石を抱くことなく、千歳はその膝に頭を預けて横になった。 「…千歳?」 「…ちょっと」 すぐ寝息が聞こえた。 驚かせるな、と呟いて。 だからってどうなるわけじゃないと嘆息した。 鍵がなければ鎖は外せないのだから。 それにその前に気付かれて、骨を折られたら堪らない。 癖のある髪を撫でると、心地よさそうに腰をぎゅっと抱き締められた。 (…ただこうしてんなら、かわええんに) 甘えるような仕草。まるで、恋人『ごっこ』。 自分で思って悲しくなった。 するりと意識が覚醒した。 ばっと起きあがって、自分に膝枕をした体勢のままベッドに寄りかかって眠ってしまっている白石を見上げて、安堵に息を吐いた。 いなくなっていなかった。 「……白石」 優しく呼んで起こさないよう髪を撫でた。 手で頬を撫でると、甘えるようにすり寄られた。 「…ん」 「…可愛か」 そのまま何度もさらさらとした髪を撫でる。 甘えるように、くすぐったそうに笑みを浮かべて眠る彼は、なんの夢を見ているのだろう。 そっと顔を傾ける。唇が触れて、それだけで。 堪らなくなる。 けれど。 「…オサム…さん」 その声が、そう呼んだから。 「…、…っ」 眠っている身体をつかみあげて床に乱暴に押し倒す。 「…ん…っ……ぇ」 その衝撃で目を覚ました白石には、千歳の急な行動の意味も、見下ろすその顔が歪んでいる理由もわからない。 「ち…」 呼ぼうとする唇を重ねて、乱暴に蹂躙する。 「そげん、先生が好きと…!?」 「ちと…? …っぁ…あ!」 準備もなく下肢のそこに熱塊を抉り込ませる。 「や…ぁ!」 「そげん…先生が好きと…? なんで…!」 「…う…あっ」 乱暴に貫かれて、呼吸の合間に必死に喘ぐ彼を揺さぶって、ただ抱き締めた。 フラつく足で風呂場に消えた白石の証明のように風呂場からシャワーの音が聞こえてくる。 「……っ」 拳を床にたたきつける。 白石が、眠りに落ちてなお呼ぶのは、自分の名前じゃない。 彼の名前だ。 抱いたって、犯したって、自分の物にはならないのか。 「…白石」 膝を抱えて、嘆くように呼んだ。 零れた涙が、どんな意味を持つのかわかりすぎるほどわかっていて、悲しかった。 →NEXT |