真昼に星は見えるか?
−歪んだ北極星U


 
第五章−
【黄泉へと降れ−冥府の章−】



  戦いが終わり、世界の終わりが始まった






 その場所を襲った爆発。
 それに数多の命が消え、死屍累々の山の中から生き残った男がそれを拾い上げた。

 それは、小さな箱。

 物語の、パンドラの箱のような―――――――――――――。







『ウィッチ減少理由かもしれねえ箱?』

「そ。元老院がずっと調べとったっつか、探しとった。
 仮にも魔女のための元老院やから、ウィッチの減少は本気で危惧しとって、ずっとウィッチが最初に生まれんようなった地域とか時期とか、そういうの探しとったんやて。
 で、突き止めた原因がなんかこーんなちっこい箱で、多分それが魔法を吸い取っとった…て」

『ジェスチャーされても見えねーんだよ。
 それいつからだ。早くに場所が特定出来てたなら』

 忍足が壁に寄りかかったまま、はいはいとジェスチャーしかけて、見えないんだったと改める。
「特定はお前ら…五十代がおった頃に出来てたらしい。
 ただ、そこもう魔法の磁場おかしくって近づいただけで死人の山になるから」
『近寄れなかったってことか? じゃあ今なんで』
「…うん、多分俺と日吉の所為。
 俺らが南方国家〈パール〉王の式の日に、『魔女のためになにもしなかった。魔女のための元老院が泣く』て言うたから……負け犬根性見せたなったんちゃうん?
『これだけあなたさまのためにしました! これからも世界をよろしくっちゅーか元老院をよろしく』みたいな?」
 とにかく元老院ほど魔女のために動ける存在はない、て証明したかったんや思う。俺らとか世界に。
『……』
「あ、呆れた?」
『いや、それで死傷者何百も出せるのが元老院だよな…って今思い出したとこだ。
 すっかり忘れてたぜ』
「…俺は今知ったわそんな命知らずな集団やなんて。
 そら、一国の妃に牙剥くんなんか怖い範囲やないよなぁ……」
『で、…それはどうにかなるのかよ。
 こっちは回収した魔法をどうそっちに送るか考えてんだけど』
「……、それがな?」

 忍足が携帯を軽く耳から離して、向いた先、集まった五大魔女と復讐王の眼前に置かれた箱は、本当に小さい。
 掌に収まるかという程度。
 全ての国を視察し、一度南方国家〈パール〉に戻った矢先だった。
「……アカンな」
 財前の一言に、元老院の使いの男があからさまに嘆きそうになる。
 そんな顔されても、と内心思う。
「アカンです。
 箱全体に結界つか、封印がかかってて」
「封印に関わる魔法は光と闇の領分…財前が言うなら無理ってことか?」
 日吉の言葉に、財前は千歳や忍足、柳生を見てはい、と頷く。
「多分、俺ら全員で全力で魔法放っても壊れへんと思うし…普通に封印解除はどう見たかて力足らない…。
 開けられる人がおらへんかと」
「……マジにパンドラの箱かよ」
 日吉が呟いて明後日を見遣る。
「ばってん、なんでんそげん箱が? 誰が」
「憶測として…、北極星?」
「北極星?」
 聞き返した越前に、財前が「言うてましたやん。初代フリーズウィッチが」と首を傾げる。
「星が身体に降って?…ああなったて。
 案外、『北極星』は意志があるんちゃうか?て話?」
「…つまり、フリーズウィッチをああした『北極星』
 初代フリーズウィッチのことじゃなくて、元々の北極星は意志があって、寄生体にフリーズウィッチを選んだ、て意味?」
「こじつけの憶測としてな。
 で、なんらかの理由で魔法を喰らいたかった。
 だから、降った時にこの箱も世界に落とした。箱は昔から多分あった。古いし、多分そう。
 箱は世界から徐々に魔法を奪っていって、箱の中に封印しとった。
 世界に戻らない魔法は、当然ウィッチを減らす。
 それで『ええはず』なのに、寄生体のフリーズウィッチはそうやなかった。
 召還で星の子を呼んで、あの戦いんなって、結果星の呪縛を解いて…、けど北極星としては論外の自体的な」
「……ちょお待て。なんか抜けとらん?」
 財前の並べた憶測に忍足が携帯を耳に当てたままストップをかける。
「はい?」
「はい、やのうて。
『北極星』として論外とか、…『なんらかの理由』をわかっとる口振りでそこ抜かさへんかった?」

『あれだな。「北極星」はその箱に奪った魔法を寄生体フリーズウィッチに流していた。
 だからフリーズウィッチは不死身の化け物になって、尽きることのないあんな魔力を持っていた…。寄生体が強い魔法を使えることが目的だった。…て意味か』

 携帯から響いた声に、財前が『はい』と頷いた。

「じゃ、もしかして二十代も?」
「そこはわからん。せやけど二十代もっちゅーんはこじつけかもな。
 あれは元々強い魔力持って生まれた結果、偶然が重なった産物かもしれん」
 財前がそう締めて、それなら箱を開けて箱を壊せばもうどうとでもなる、と言う。
 ただし、開ける力がない、と。
「……、それ、北極星の力、やんな」
 ずっと黙していた弟王が口を挟んだ。
「ええ、まあ多分」
「俺がいけるかも」
「蔵?」
「無効化は、北極星の力も消せたし…」
「…確かに、フリーズウィッチの子孫の弟王ならありかもしらんな」
 忍足の言葉を裏付けにしたように、蔵ノ介が箱に歩み寄って手を伸ばす。
 その、背中に重なる陰。錯覚? 違う。
「…っ……せ?」
 急に背後から腕を引っ張られ、自分を腕の中に閉じこめた千里を見上げて、蔵ノ介はぽかんとした。
「千里? どないしてん?」
 言って、見上げてどくりと心臓が鳴った。
「…いけん」
 見上げた彼の顔は、酷く焦っていた。
 お前を失いたくないと、そうせっぱ詰まった真剣に痛い表情。
「……千里?」
「…わからんばってん…いけん。…開けたら」
「…千里殿?」
 元老院の使いの言葉にも、千里は蔵ノ介を離さなかった。
 わからない。何故かなんて。
 でも、予感がした。
 また、一生彼を失うような。
 今度こそ、本当に、永遠に。
「……いけん。…お願い蔵ノ介。
 …開けんでくれ」
「…千里?」
 震えた千里の声。手。身体。
 わからないのに。
「おい、元老院」
「は、はい。フリーズウィッチ様」
「これ、開けた人間に害はないんか?」
「は?」
「近づくだけで死人をようさん出した箱や。
 開けた瞬間、開けた人間を殺さん保証はない」
「…それは」
 使いを睨み付けた忍足の耳に跡部の声が触れる。
『死ぬのは確定だろうな』
「跡部?」
『世界中の魔法が飛び出す瞬間の間近にいるんだ。
 封印を無効化したばっかならそれまで無効化する暇はねえ。
 飛び出した魔法を喰らって、死ぬ。…多分な』
「……なら、開けさせられへん。
 もう一度、弟王を犠牲に出来へん。
 跡部達が回収した魔法がある。しばらくそれを使うて…」
 言いかけた忍足の手元で、携帯が振動した。
 驚く筈だ。携帯は既に繋がっている。
 なのに、鳴るコール。
 発信元は、表示されない。
「跡部?」
 耳に当てて呼んでも返事はない。
 わけもわからないまま押した通話ボタン。瞬間、閃光が場を覆う。
「……ホンットに冗談の極みの嘘だっつのこれは。
 …なんなんだ」
 閃光が止んだ先に立つ姿に、息が一瞬止まる。
「跡部!? …に木手に、佐伯に……なんで」
「俺が聞きたい」
 全員の視線が箱に集まる。
 北極星に意志はある。北極星の意志?
 その箱を持ち上げる手があった。白い手。
「弟王…っ? …え?」
 弟王は千里の腕の中にいる。彼らも茫然と見ている。
 千歳が、その姿を見て叫んだ。
 悲鳴、だった。


 よくわからへんことの方が、多かった。
 せやけど、ウィッチが普通に生まれるようになったら、千歳は魔女やなくなってええん?
 もう、あんなことはない?
 もう、…離れんで済む……?


 呼ぶ声。自分に手を伸ばした姿。その巨躯に抱きしめられるのが、好きだった。


「…来ないで」


 響いた轟音は、なんの音かしばらく誰もわからなかった。
 開いた箱から飛び出した魔法が世界に還った音だ。世界が終わったような、地震のような音。
「サンダーウィッチ! 箱縛れ!」
 強い一喝に日吉と木手が咄嗟に発動させた魔法が、宙を舞った箱を捕らえた。
 その箱に、先ほどとは違う手が伸びる。
「…逃がさへん。二度と……、…消えろ」

 蔵ノ介の手から出た光が箱を破壊する。

「…北極星」
 吐き捨てて、彼は視線を向こうに向けた。
 床に倒れた身体を抱き起こした巨躯が、傍目に理解出来る程震えている。
 虚無のようにあらぬ場所を見る瞳は、もう正気かすらわからない。
「……で……なん……」
 千歳が発せたまともな言葉は、それが多分最後だった。
 蔵ノ介がハッとして傍に立つ千里の身体を引っ張った。
「く…」
「黙れ」
 自分の身体に顔を押しつけさせて、千里の視界を封じた。
「…見るな」
 見せたら、アカン。
 千里にだけは、見せたらアカン。
 あれは、昔の俺で、あれは昔の千里や。
 俺を、殺した時の千里。

 動かない身体。手が、冷たい。呼吸がない。
「………」
 なんで?
 なんで開けた。なんで。なんで。もう、ダメだ。なにも、頭の中ですら、言葉にならない。
 そんなことどうでもいい。だって彼は死んだ。
 彼が、もう生きてない。微笑まない。抱きしめられない。

『千歳』

 そう呼ぶ声が、ない。

 ならないって誓った。お前はならなくていいってそいつが言った。お前はならないでいられるってそいつが保証した。

 これは、なに。

「……り……嘘…ばっか…ばい」
「…え」
 千里が、己が呼ばれたような気がして声を漏らした。
「……っ」

 瞳から一度零れた涙は、もう止まらない。
 ただ、命のない身体を抱きしめて、それでももう、そこに彼はいないのだ。
























































































































































































































































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